もどかしいくらいがちょうどいい

『返事、待ってる』


 次の日の朝。
 まだ人気の少ない駅のホームで電車を待っていた私の元に、そのメッセージは送られてきた。

 送り主はもちろん、夏目くん。

 私は、既読は付けずにそのままスマホの電源ボタンを押した。
 ブラックアウトしたスマホ画面に、目も当てられない表情の女が映っている。もちろん、私の顔だった。


 金曜日で、図書委員の仕事は次のクラスの図書委員と交代になる。

 次に担当が回ってくるのは、果たして何か月後だろう?
 たぶん、今日を逃したら……夏目くんとふたりきりになるタイミングなんて、ずっと先になってしまうだろう。


 ……つまり、今日しか、ない。


 夏目くんは、推し。推し、だと思っていた。

 たまたま私の前の席になって、たまたま同じ図書委員として話すようになった。

 話すようになって、ほんの少し夏目くんのことを知った。

 王子様みたいな見た目に反して、夏目くんはちょっと意地悪だ。
 加えて、自分の顔の良さもちゃんと自覚してるし、女の子の扱い方も分かってる。そういうちょっと黒いところ、も全部含めて、推しだった。
 ……だった、はずだ。


 でも、あの時、図書室で見た夏目くんのあの余裕のない表情を見て、私は自覚した。


『いっぱい勘違いしてくれなきゃ……、困る』


 夏目くんは、王子様じゃない。
 ちゃんと、等身大の、高校一年の男の子だ。

 夏目くんの周りには、女の子がいっぱいいる。
 私よりも可愛くて、甘え上手で、ずっとずっと夏目くんに釣り合う女の子。


 ……その子にも、夏目くんはあの顔を、見せるんだろうか。


 他の人に薦めたいくらいに好きな人のことを『推し』と呼ぶなら──この感情は、あまりに相反している。


 つまり、それが、答えだった。


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