もどかしいくらいがちょうどいい
『みなさん、下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は──』
18時を知らせる校内放送が、グラウンドのスピーカーから聞こえてくる。
開けた窓の手すりに凭れ掛かるように両手を組んで顔を乗り出すと、吹き込む柔らかい春風が頬を撫でた。
緊張が指先まで伝わって、微かに震える。
それを誤魔化すみたいに私はてのひらを握り締める。
手の中にあるそれは、荻原さんに夏目くんが来るまで待ちます、と無理を言って借りた図書室の鍵だ。
誰もいない図書室の端っこで、私は大きく深呼吸した。
古びた紙の、懐かしくなるような匂いが肺いっぱいに広がって、痛いくらい跳ねていた鼓動が少しだけ落ち着く。
後ろを振り返れば、まだ開かれないドアが視線の先にあった。
そのドアが開かれる瞬間を待っていると、不意に廊下を上履きで歩く足音がして、私の肩は大袈裟なくらい大きく跳ねる。
ぱた、ぱた……ぱた、と、その一歩を最後に、足音が止んだ。図書室のドアの前で立ち止まっているのだろう。
ほんの一秒にならないほどの間すら、耐え切れなくて、私は勢いよく俯いて呼吸を飲み込んだ。
──がらり、と静かにドアが開く音がした。
数歩く音が、静かな図書室にやけに響いて、ついに、ぴたりと止む。
薄く瞼を開いたその先に──私と向き合うように立つ、二つの足があった。目の前にいるのは、夏目くんだ。
胸元の辺りを皺になるくらい強く、強く、握る。
耳の奥でうるさいくらいに鳴り響く心臓の音に被せるみたいに、私は声を絞り出した。
「……あ、あのっ、私、」
顔が熱くて、どうにかなりそう。
声が勝手に震えて、油断したら舌噛んじゃいそう。
「こういうの、は、はじめてで……! だから、なんて言うのが正解なのか、分かんないんだけど……、」
すうっと息を吸い込んで、春風にすら掻き消されそうなほど細い声で告げる。
「……すき、」
数メートル先で息を飲み込む音がした。夏目くんは、動揺したのか片足が半歩後ろへ下がった。
ここまで来たら、もう後戻りはできない。
だったら、もういっそ。
「好きなの! つ、付き合ってください、な──」
このまま、どうにでもなってまえ! と、私は勢いよく顔を上げた。