もどかしいくらいがちょうどいい
「──なななななななな成瀬くんッッッ!!!???」
私のクソデカボイスが図書室に響き渡る。
そう、私の目の前に立っていたのは、夏目くん……ではなかった。
黒髪にピアス、威圧的な眼光、見まごう事なき私の天敵、成瀬善がそこに立ってた。
な、な……なぜ、成瀬くんがここに!!!??? 夏目くんは何処だよ!!??
……エ? ……もしかして私……間違えた? 告白する相手。
溶けそうなほど上昇していた熱が、さあっと、一気に冷めていくのを全身で感じる。
無言のまま、図書室に流れる空白の数秒間。
キンコーンカンコーン、と、下校のチャイムが見計らったようなタイミングで、鳴る。
軽く息を付いた成瀬くんの、肉食獣を連想させるような鋭い瞳がギロリとこちらを向く。
「なあ」
「……ぁ、ィ」
返事とも呼べないような呻き声みたいなものが、私の口から出た。
「今の、本気?」
「イッ、イマノ……?」
汗が止まらない。もちろん冷汗だ。
煮え切らない私の態度に苛立ちを覚えたのか、さらに凄みを増す成瀬くんの眼光。
「俺が好きなのかって聞いてんだよ」
「……………………スゥーーーー……」
あ~~~~~……うんうん、そうだよね。そうだよね。
さっきの私の言葉は、文脈的に言って、状況的に言って、誰がどう見ても、どう聞いても、私が成瀬くんに告ったようにしか聞こえねえなー、うん。
……うん、うん、うん……え? まずくね? この状況。
ぽくぽくぽくちーん、と頭の中でカウントダウンが鳴り響いて、私はすぐさま声をあげる。
「いいいいいいいいい今のはッ!」
【なるせぜん が いまにも ひとをころしそうなめで こちらを みている】
「ウッ……いま、のは……!」
【なるせぜん の さらにすごみをます こうげき!】
「……は……!」
【すずもりむぎの は ひるんで わざが だせない!】
「………………………………ホントデス」
私は負けた。
ふいっと顔を逸らして、消え入りそうな音量でそう言った。唇を噛み締める。今にも泣きたかった。ていうか、心の中では泣いてた。
わああああん、私の……私の、クソチキン天邪鬼馬鹿野郎……!
今立ち向かわずしていつ立ち向かうんだよ、炭治郎だったら立ち向かってたぞ、己を鼓舞しろや!!
でも私長男でもないしまして長女でもない末っ子だから全然炭治郎でもないし、絶対に無理だ、クソーーーーー!!
頭がぐるぐる回ってもうまともな思考回路が残ってない。
私は両手をめちゃくちゃに振って、失言した政治家ばりに必死に弁明を試みる。
「でででででも成瀬くんは私のこと全然好きじゃないしこんなこと言われたって困るって分かってるので全然振ってもらって大丈夫ですんでというかむしろ振ってもらった方が全然ありがたいというか振ってもらった方がむしろいいまであるんでこのまま聞き流していただければ非常に有難く今日のことは是非とも無かったことに──」
「いいよ」
「エッ!!?? いいのォ!!??」
拍子抜けするぐらいあっさりと頷いた成瀬くん。
感涙に咽び泣く寸前だった私の顔を見て、成瀬くんはふっと軽く笑った。……え、笑った? 今、笑った?
あの殺人的な形相しか見たことが無かった成瀬くんが、初めて私の目の前で笑った。
それは、ちょっと子供っぽくって、年相応の男の子みたいな笑みだった。
思わずガン見していたせいで、目線が合う。すると、成瀬くんは、少しだけ頬を赤らめてへにゃりと眉を寄せた。
………………何だ、その反応?
成瀬くんは首に手を回して、絶妙に合わない視線のまま、あー、と珍しく決まりの悪い口調で、言った。
「……これからよろしく」
「…………………………ゑ?」
私の間抜けた声が、図書室に響き渡る。
数秒ほどその言葉の意味を噛み締めて、私はようやく悟る。
彼の『いいよ』は、私の告白を無かったことにしてくれる方の『いいよ』ではなく、付き合う方の『いいよ』だということに。