もどかしいくらいがちょうどいい
……訳が分からない。
私は半歩前を行く大きな背中を眺めながら、その足取りに遅れないよういつもより少し早足で歩く。
夏目くんに告白するつもりが何故か私の目の前に立っていたのは成瀬くんで、私のことを親の仇のように睨んでいた成瀬くんが私の告白にOKを出した。うん、字面にしてもぜんぜん訳が分からない。
しかもその上、何故か私は成瀬くんにうちまで送ってもらう流れになった。なんで?
静まり返った廊下に響き渡る、私と成瀬くんの足音。
オレンジ色に染まった日の光が窓から差し込んで、私たちの後ろに長い影を作る。私は成瀬くんの影を踏まないよう、一定の距離を保ちながら歩く。
階段まで差し掛かる。
この階段を下りれば、一年生の下駄箱はすぐそこだ。
ま、まずい……このまま学校を出て、家まで送ってもらったら、本当に後戻りができない。ガチで成瀬くんと恋人になってしまう。
今、誤解を解かなければ!
「……ぁ、の!」
渾身の勇気を振り絞って私は、呼び止める。
階段を数段ほど降りた成瀬くんが、まだ階段の最上段で立ち止まった私を振り返った。
気だるげにすら見える成瀬くんの真っ黒な瞳が、じいっとこちらを見上げている。
「わ、私、成瀬くんに言わないといけないことがッ──」
あるの、と言いかけた私の言葉は──どん、背中に当たった突然の衝撃に遮られた。
理解する間もなく、私の身体は大きく前に傾く。後ろの方で、きゃあ、と女子数人の短い悲鳴が重なって聞こえてくる。
……あ。多分、階段付近で立ち止まってる私に気が付かなくて、そのまま押されたんだ、とジェットコースターで頂点から落っこちる時の浮遊感に包まれながら、私は気づいた。
こういう時って走馬灯みたいなものが流れるのかと思ったけど、全然脳裏には流れてこなかった。
ただ、スローモーションのように流れる時の中で、次第に近づく成瀬くんの顔を、私は初めて至近距離で見た。
私に向かって両手を差し出す成瀬くんの表情は、切羽詰まった焦りの色に染まっていた。
……今日は、成瀬くんの初めて見る顔ばっかりだ。
今まで、レパートリー一個しかなかったもん。
ソシャゲのキャラの方がもっと表情の差分あるくらいだ。
「──涼森ッ!」
瞼を閉じる瞬間、彼が私の名前を呼ぶ。
そして、やってくると思っていた衝撃は、思いのほか、軽かった。いや、びっっっくりするくらい。
唇に、ふにっとだけ。……ん? ……唇に?
反射的に目を開こうとした私の視界を妨げるように──世界すべてがぐにゃりと湾曲した。
今まで体感したことのないような五臓六腑すべてかき混ぜられるような酷い眩暈のようなものが、襲い掛かってくる。
強制的に私の意識は、沈んでいく。
そして。
物語は、冒頭に戻る。