もどかしいくらいがちょうどいい
「じゃあ、また学校で」
「えっ、ちょ……、」
私がもじもじしてる間に成瀬くんは、背を向けて来た道を引き返そうとしていた。
「なっ、成瀬くん!」
反射的に成瀬くんの手をぱしっと掴む。
私よりも低い体温が手のひら全体にじんわりと伝わってくる。
振り返った成瀬くんの、少し驚いたように開いた薄い唇が、はくはく、と声もなく動いて、何も言わずに俯いた。
そして、落とされた視線が私と成瀬くんを繋ぐ手に落とされたのに気づいて、私は慌てて手を離す。
「えと……ご、ごめん、いきなり掴んで(なんだかすごくデジャウ……)」
「……いや」
「あ、あのね!」
「……」
「この前……酷い事言ってごめんなさい! それから、助けてくれてありがとう」
数十センチ先、私よりも高い目線を覗き込むように顔を上げて笑う。
成瀬くんは少しだけ惚けた様に目を丸くした後、すぐさま視線を落とした。
「怒って、ないのか?」
「え?」
「…………きすしたの」
「へあ!? え、えと……あ、あ~~~! べ、別に怒ってないよ!? あれは単なるじじ事故だし!? 助けてもらったのに怒るなんて流石にそこまで恩知らずでは!!」
「そか」
恐らく首まで真っ赤にしているだろう私とは真逆に、成瀬くんは何故だか物凄く安心したように肩を撫でおろした。
「良かった……涼森に嫌われたかと思った」
と、本音をぽろりと零した。
……成瀬くん、そんなこと心配してたのか。
「俺が触ったらもっと嫌われんのかと思って……、触んの我慢してた。……鈴木にも、そう言われたし」
成瀬くんの言葉で思い当たる節を私はいつくか思い出す。
「あ、ああ。それで(……ん? 我慢? 鈴木? 誰だ?)」
成瀬くんの発言の半分も理解できず、私の頭は疑問符でいっぱいだ。
当の本人は平然とした顔つきで、頬に降りかかった私の髪を指で掬うように耳に掛けた。
触れた指先が少し震えている。
「次も、楽しみにしてる」
じゃあね、と不器用な笑みを浮かべて、去っていった。