もどかしいくらいがちょうどいい
『みなさん、下校の時刻となりました。校内に残っている生徒は──』
18時を知らせる校内放送が、渡り廊下の開いた窓から聴こえてくる。
ぐるりとあたりを見回し、図書室に人がいないことを確認し終えた司書の萩原さんが、私たちの方を振り返ってにっこりと笑った。老眼鏡越しの優しい瞳がさらに細くなる。
「ごめんなさいね、こんな時間まで」
「いえいえ。明日もよろしくお願いします!」
敬礼もどきポーズを取ってお辞儀をすると、萩原さんはあらあら、と穏やかに笑って、鞄から巾着袋を取り出した。
「ふふ。今日はたくさん手伝ってもらったから、飴ちゃんあげるわね」
「わあ、いいんですか?」
「もちろん。はい、そちらの男前な子も」
「ありがとうございます」
私と夏目くんに一粒ずつ飴を掌にのせた。
掌の中にあるのは透き通るような黄金色の飴だ。ちょうど廊下の外に見える、夕暮れ時の空をスポイトで掬ったみたいにきらきらと輝いている。
透明な包装紙をといて、私は早速口に放り込む。癖になる甘くて、懐かしい味だ。
「じゃあ、そろそろ行くわね」
「はーい! また明日!」
手を振って萩原さんの背中を見送る道中、はたと何かを思い出したように振り返って言った。
「夜道は危ないからちゃんと彼氏に送ってもらうのよ~」
「ゲホッ! ゲホッ!」
溶けかけの黄金糖がそのまま気管にインした。
「大丈夫?」
全然動揺していない夏目くんが背中を摩ってくれる。
涙目になりながら顔を上げて、彼氏じゃないです! と紡ごうとした口はおざなりになった。もうその背中はもう見えなくなっていたからだ。
絶妙に気まずすぎて、私は伺うように視線を上げた。夏目くんと目が合うと、ん? と首が傾く。顔がいいと、その仕草すら絵になる。
「わ、私たちも帰ろっか」
「そうだね」
会話が止んだとたん、しーんと辺り一帯静まり返る。
……いや、気まず! 理由付けて逃げよう。そうしよう。
「あ……あああっ、そうだった! 古文の課題出し忘れてたから、私、職員室に寄ってから、」
「今日、小森先生居ないよ? 風邪で」
「そそそうだっけ。えーと、えーと、あっ、あー! 教室に教科書を忘れて、」
私の言葉を遮るように鈴を鳴らすような笑い声がした。
何度か瞬きをして顔を上げれば、20センチ上にある亜麻色の瞳が細まった。黄金糖みたいにドロドロに甘い何かが瞳の奥でちらついている。
「送るよ」
「エッ」
「俺、涼森さんの彼氏だから」
さらり、とそう言って悪戯っぽく笑うその横顔は、どこぞの乙女ゲームのスチルになってもおかしくないくらい様になっていた。
メインヒーローとして、パッケージになるレベルで。