もどかしいくらいがちょうどいい
「まあ、アンタのことだから何か事情があるんだろうとは思ってたけど。つまり、夏目頼人に告白するつもりが間違えて成瀬善に告白した、ってことね」
「……おっしゃる通りです」
テーブルに突っ伏しながら涙目で頷く。
カチャ、と呑み終わったコーヒーカップがお皿にすれる音がして、続けて瑞月の一言。
「ドアホ」
「傷心の友人に掛ける言葉かいそれがッ!」
ドって! アホだけじゃなくドアホって!
それが否定できないのが二重で悔しい。
「アホにアホって言って何が悪いのよ。で、何? どうにかして別れたいと? 未来で結婚ってのは全く意味不明な妄言だったけど。夢でも見たの?」
「……ゆ、夢は夢なんだけどぉ……! 夢じゃないっていうか……!」
い、言えない!
こんなこと、親友であっても決して!
成瀬くんとの映画館デートで手にした黒猫のでかいぬいぐるみ。
夢の中で見た成瀬くん(大人バージョン)の家にあったぬいぐるみが、確かに同じものだったこと。
加えてあの夢があまりに現実感を帯びすぎていて、アホの私が夢で見るにはあまりにも鮮明だったこと。
ほんっとうに信じがたいし、意味不明なんだけれど、そこから導き出される答えは──あばばばばばばどどどどどうしよう!!??
「……まあ、ケーキ分の知恵くらいは貸すわよ」
「みっ、瑞月ぃいいい! ありがとうありがとう! やっぱ持つべきものは瑞月だ! 好きぃ!」
思わず瑞月の両手を包み込んで私は唇を噛み締める。
瑞月は眼鏡の奥にある長い睫毛に縁どられた瞳を丸くして、それからすぐに逸らした。白い頬が少し赤くなっている。
そして、瑞月がぶっきらぼうに言った。
「アンタが犯罪者になるのは流石に嫌だしね」
「………………………………………………エッ?」
数十秒たっぷり間を置いても、瑞月の言葉が飲み込めず私は視線を泳がせた。
冷汗が大量に背中を伝う。喉が詰まって息が吸えない。
私は恐る恐る問うた。
「ハンザイシャッテドユコトデスカ?」
「はあ?」
瑞月がさも当然のように受け答える。
「騙して付き合って結婚って……結婚詐欺でしょう」
所謂お縄ポーズをして、平然とした顔でさらりと言った。
「詐欺罪は懲役10年以下。つまりタイーホ」
「タ……イホ……たっ、逮捕ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!?????」
涼森麦乃、16歳。
どうやら10年後、詐欺罪で逮捕される未来が迫ってきているようです。