もどかしいくらいがちょうどいい
「こっちが! こっちが聞きてえわぁあああああーーーーーーーーーーー!!!」
ふかふかの枕で吸収された叫びは、しかし、私のお尻でくつろいでいた黒猫のきよまろを大層驚かせたらしく、みぎゃっと小さな鳴き声とともにベットから飛び降りてしまった。
私は両足をバタバタさせながら、狭いシングルベットをぐるぐるのたうち回る。
『あーもう、うるっさい』
頭上に置いたスマホのスピーカーから、冷淡な声音が聞こえる。
スマホに表示されたアイコン名は『瑞月』。
私の小学校時代からの友人で、見た目は眼鏡をかけた文学美少女だ。
しかし、その見た目に騙されると痛い目を見る。返り討ちにされた男は数知れず。その大人しそうな外見と反し、中身は口を開けば気持ちいいくらいに毒を吐く、現実主義者だ。
私は改まってベットの上に正座をして、スマホに語りかける。
「瑞月はどう思う!? 今の話!」
『どう思うって……』
吟味するように、数秒ほど思案して瑞月はさらりと言い放った。
『十中八九、ろくでもないクソ男としか』
「私の話聞いてたァ!?」
数十分に及んで説明した、あの帰り道に起きた出来事をそんな一言で纏めらちゃあ、こっちも黙っていられない。私は口達者な瑞月との敵対も辞さない勢いで反撃を試みる。
「2週間しか関わってないけど、私には分かる! 夏目くんは顔もいいし声もいいし性格もいい三拍子そろったイケメンだって!」
『都合の良い妄執に取り憑かれた女ほど見ていられないものはないわね』
「ぬあんだと!? 私がお花畑信者とでも言いたいんかぁ~!?」
『その通りですけど?』
「根拠あるんか! 根拠!」
『イチ、妙に女慣れしている。ニ、自分の顔面の良さをよーく理解している。サン、思わせぶりな態度はする癖に明確な答えを寄越さない。以上、3点を総括した結果、その男はクソ男。はい、論破』
「ちっくしょーーーーー!」
およそ3秒で撃沈した私は、勢いよく枕に顔を埋めた。
電話口から、軽いため息をする音が聞こえる。瑞月が真剣みを帯びた声音で諭すように言った。
『これは友人としての忠告。アンタみたいなお子様に、その男はハイリスクすぎ。手のひらで転がされまくってポイされるのがオチだから、止めときな』
「……そんなの、分かってますよーだ。てか、夏目くんは観賞用だから。推しなの、推し! 推しとしての好きと、恋愛の好きは別物!」
『ほ~? じゃあ、聞くけど』
「なにさ」
『もし、万一、そのクソ男がアンタのこと好き、って告ってきたらどうすんの?』
私は何も言わず目を閉じて、想像してみる。
放課後の誰もいない図書室。少しだけ頬を染めた夏目くんが、照れたように視線を右往左往させながら、好きだよ、と口にするその様を。
「……スゥーーー……、付き合いますね」
『ハッ。だと思った』
「うるせーーー! 全ては、あの顔が悪いんだぁ! あの顔が!」
『責任転嫁も甚だしいわね。このファッション推し活女が』
正論すぎて何にも言い返せなかった。ぐぬぬと唇を噛み締める他ない。
それを察したのだろう、最後に、と付け加えて瑞月は続ける。
『遊びでいるうちに断ち切っときな。本気になったら、引き返せないわよ』
恋って制御不能だから、と言い残して、ぷつっと通話は切れた。