卒業前の屋上、セーラー服で先生と……
放課後、いつものように桃香《ももか》が屋上に向かう。建物の扉を開けて裏手に行くと、目当ての人物が寝転がっているのを見付けた。
彼は、白シャツの上に白衣を羽織っていて、その中で赤いネクタイだけが派手で目立っている。
桃香が、その人物に気づかれないようにゆっくり歩いていると、少しだけ強い風が吹いた。彼女の腰まである長い髪とセーラー服のスカートがたなびく。
彼の頭元まで近付き、彼女は腰を落とした。そして、寝ている人物に向かって声をかける。
「結人《ゆいと》先生、またこんなところでさぼってるんですか?」
グラウンドからは野球部の声と、吹奏楽部の楽器の音が聴こえてくる。
屋上は、まだ制服だけだと肌寒い。
「ああ、町田桃香《まちだももか》か……」
桃香が結人先生と呼んだ人物は、気だるげに、桃香の顔を見上げた。
少しだけ年上の彼は、化学の担当で、桃香の副担任の雨条結人《あまじょうゆいと》先生だ。去年の四月に新任として、彼女の高校にやって来た。
若い男性、しかも端正な顔立ちをした彼は、学校の女子達皆の間で、瞬く間に人気になった。生徒皆に対して礼儀正しく、品行方正。一見すると、非の打ち所がないかに見える彼だったが――。
「結人先生、今日の最後のホームルーム、どうして来なかったんですか? あ、また煙草の匂いがします……」
「だって、怠いんだよな……正直ああいうのさ」
――本当の結人先生は、もっとがさつで適当な大人だった。
彼は身体を起こし、桃香に向き直った。
「先生、そればっかりじゃないですか。女子が寂しがってましたよ」
頬を膨らませながら桃香がそう言う。ただでさえ童顔、可愛らしいと言われがちの彼女がますます幼さを増す。
彼女を見ながら、結人は苦笑した。
「悪い、悪い。でも、俺、お前以外の生徒達には、そんなに興味ないからさ」
彼の中低音の声でそう言われ、桃香の心臓が一度だけ高鳴る。
「もう、すぐそうやって、からかうんですから!」
彼はいつも、彼女に冗談ばかり言う。
結人が、桃香を見て、声を出して笑った。
他の生徒が知らない、結人先生の本当の姿を知っているのは、自分だけ。
桃香は、ふと、どうしてこんなに結人先生と親しくなったのかを思い出した。
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