仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
「少し落ち着きましたか?」
「はい……」
「少し質問させていただきますね。最後に会社に電話をかけていたみたいなんですが電話の相手は貴女で間違い無いですか?」
「そうです。今から帰ると父から電話がありました。なのにっ……っつ――」
トントンと宥められるように年配の警察の人が背中をさすってくれた。
「その時になにか変わった様子は?」
「桐ヶ谷製菓に契約を切られてしまい、かなり落ち込んだ様子……ではありました」
「あぁ、なるほど、そうですか……多分事故だとは思いますが、いちよう念のために色々調べさせてもらいますね」
「はい……」
警察は「ではまた連絡します」と穂乃果を病院に残して出て行った。ポツンと薄暗い病院のロビーに取り残された穂乃果はなかなか足が動き出せずにいる。
事故……じゃなければ自殺とでも言いたかったのだろうか? 気が動転しているとはいえ、警察の話し方のニュアンスがそう言いたいようにも聞こえた。でも確かに電話越しの父の声は覇気がなく意気消沈していたのは間違いない。でも自殺だなんて……林田に契約を切られ、さらに桐ヶ谷製菓にも契約を切られてしまったから? この先の会社の未来が急に閉ざされてしまったから? まさか、とは思いたいがなんだかそんな気がしてきてしまう。
(お父さんが自殺だなんて……ありえない……)
そうだ、桐ヶ谷製菓が契約を切ると言い出さなければ父はこの大雨の中、桐ヶ谷製菓に行く事はなかったのに。桐ヶ谷製菓が今まで通り契約を続けれくれていれば……だいたい十年以上の付き合いだっのに何故急に契約を切ると言い出したのか。考えれば考えるほど分からなくて、八つ当たりとは分かってきても桐ヶ谷製菓に腹が立ってきてしまう。
(桐ヶ谷製菓のせいで父はっ……)
まだ病院の外は土砂降りの雨で、まるで穂乃果の十年分の涙が流れ落ちているかのように、雨は朝まで振り続けていた。