仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
穂乃果は視線を下に落とし深い溜息をついた。でも次から次へと話しかけられ悲しみに打ちひしがれている暇もない。前を向き直し辺りを見回すと会社関係の人の参列が多い中、喪服をきているはずなのにやたらきらびやかな男が穂乃果に向かい、ゆっくりと歩いてくる。
「この度はご愁傷さまです。心よりお悔やみ申し上げます」
ひどく耳に残る声だ。
(誰だろう……)
会社関係の人だろうか? 穂乃果は目の前にいる男を見た事がなかった。人を上から見下ろすほどの高身長でサラリと揺れる黒髪が少しキザっぽい。
「恐れ入ります」
穂乃果の得意の定型文で返事を返したが、男はその場から立ち去ることもなくじぃっと穂乃果を見つめてくる。
「何か?」
「いえ、ではまた後ほど」
静かに微笑んだ男はやっと穂乃果の前から立ち去っていった。
(な、なんだったのかしら)
はぁとまた、ため息が出る。これから自分と桃果の二人でどうしたらいいのだろう……父の遺産は会社の従業員の退職金に当ててほとんど無くなってしまった。職を失い貯金もたいしてない。お金が圧倒的にない。でも、桃果の事は守り抜かなくちゃいけない。それは十六の時に自分で心に誓ったことだ。