仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
懐かしい。インクで汚れた作業着が今ここで印刷機が稼働している事を現してくる。
「どうしてって聞きたいのはこっちだよ! どう言う事なの? どうして西片さんや皆んながここにいるの? どうして工場が動いてるの?」
聞きたいことが山ほどありすぎて穂乃果は西片の答える隙を与えないくらい質問を投げた。倒産したはずの工場が何故今まで通りに動いているのか、訳がわからない。
「穂乃果……黙っててごめんな。でも決して穂乃果を騙していたとかそういうのじゃないんだ」
興奮する穂乃果の両肩を持ち、西片は申し訳なさそうに顔をしかめている。騙されているなんて事は一ミリたりとも思っていない。ただ、どうして工場が稼働しているのかが穂乃果は不思議でしょうがないのだ。失ったと思っていた大切な場所がまだあることに。
「説明して……」
「それは……俺の口から言っていいものなのか……」
「どう言うとこなの!? 教えてよ西片さん! 私ずっと工場が無くなって、父の大切な場所を守れなくて、従業員の皆んなにも辛い思いさせちゃって、あぁっ……うっ……もう、何がなんだかっ……」
口から溢れるように言葉が出てきて感情が爆発し、涙がボロボロと頬をつたる。息が上がって上手く喋れない。ずっと人前で泣く事はなく、西片の前で泣いたのだって母が亡くなった時だけだ。それからはずっと強く生きてきた。我慢してきた。父が亡くなった時だって葬儀でも泣くのを我慢して、工場を経営出来なくなったと従業員に伝える時だって泣きたい気持ちを押し殺して絶対に人前で泣き顔を見せなかったのに。でも今はどうしても我慢ができずに涙が次から次へと溢れ出てくる。
「……こんなに穂乃果が苦しんで泣いてんだ。本当はまだ口止めされてたんだが、もういい。穂乃果には本当の事を話すよ。でも、黙っていたのはその人なりの優しさなんだ。穂乃果ならきっと分かってくれるとは思うけど……」
「うん……どんな理由でもいい。教えて」
「座って話そうか」
「うん……」