仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
「なんでなんだな! ずっと待っていたのに! 婚約者なんだから手ぐらい触ったっていいんだな! ほら、もうずっと穂乃果さんを見ていたんだ。早く貴女の唇に誓いのキスをさせてほしいんだな」
急に声を張り出した林田の唾が飛んでくる。汚い。少しでも離れようと後退りするが林田も男だ。力が強くて離れられなかった。
「貴女に拒否権はないんだな」
拒否権はない。玲司にも言われた言葉。林田が玲司と同じ言葉を口にするなんて嫌だ。同じ言葉でも全然違う。優しさも何も感じない言葉。
林田はじっくりねっとりと穂乃果に近づいてきて唇を尖らせて顔を寄せてきのだ。
(嫌だっ! 誰か、玲司さんっ――!)
穂乃果はギュッと目をつぶり林田から顔を逸らした。その瞬間、キキーーーっと大きなブレーキ音が鳴り、その音に驚き穂乃果も林田も音の方向を見る。
その車を見た瞬間穂乃果は泣きそうになった。いつも玲司が乗っている車だったからだ。
勢い良く開いた運転席のドアからは玲司が鬼の形相で出てきた。
「この豚野郎!!! 穂乃果から離れろ!!!」
バキッと音がした瞬間、穂乃果は玲司の腕の中に抱き締められていた。隙間から見える林田は尻もちを突いて頬をおさえている。
「穂乃果っ」
力強く抱き締められ、玲司の声に、抱き締められているこのよく知っている温もりにツンと鼻の奥が痛んだ。でも泣かない。我慢する。穂乃果は夢中で玲司に抱きついた。強く、強く。