仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。


「すいません、泣いちゃて。もう大丈夫です」


 玲司は真っ直ぐにじぃっと穂乃果をいつものように見つめて本当に大丈夫なのか、と瞳で聞いてくる。穂乃果はコクリと頷いた。


「ん、じゃあ帰ろうか」
「はい……」


 変わりゆく景色を車の窓からぼーっと見ながら考えた。自分はいつも憎いと思っていたはずの男にずっと守られていたなんて。工場の契約を切られ、畳み掛けるように工場は倒産。八つ当たりなのは分かっていても玲司が憎くて、悔しくて、でも桃果を守るために、お金の為に結婚した。近くにいれば玲司の弱みを握れて同じようにいつか地獄を見せられるかも、なんてことも考えていた。なのに自分の知らないところで玲司は動き守ってくれているなんて。何故工場のことも林田のことも教えてくれなかったのかは分からない。けれど西片が言っていたようにそれは玲司の優しさなのかもしれないと思えてきた。


 その証拠に玲司はいつも穂乃果に優しかった。両親を亡くした穂乃果に沢山気遣ってくれ、熱を出した時は看病してくれ、桃果のことも家族として大切にしてくれている。少し強引なところもあるけれど、それも全て自分のためだったのではないかと思えてきた。
 他の男に腕を握られただけで気持ち悪かったのに玲司に抱き締められると穏やかな波のように心が穏やかになり、寒い日に買う温かい飲み物のように、優しい温かさに心がぽうっと温かくなる。安心感を与えてくれ、安心して身体を預けることができるのだ。現に父が亡くなって穂乃果は一人の夜はなかなか寝付けなかった。それが今は、玲司の一緒に眠るようになってからぐっすりと安心して眠れている。身体を玲司に預けることが増すにつれて抵抗がなくなってしまっていた自分がいた。こんな気持は初めてだ。多分、いや、きっと自分は玲司に特別な想いを抱いてしまったのかもしれない。好き、いや、愛してるという特別な感情を。

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