仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。


「で、でも、仕事が……」
「西片さんが何故僕に連絡をくれたと思う?」
「それは……」


 工場の存在がバレてしまったから? と頭によぎった。


「穂乃果を今一人にしたくないからだよ。君はいつも自分の気持ちを押し殺して身体の中に溜め込んでしまうだろう。林田のことは片付いたけれど……何故工場が動いているのか気になっているだろう?」


 図星だ。本当は問い詰めたいほどに気になっているけれど、桐ケ谷製菓で働いてまだ少し、それでも社長業務が忙しいことくらいは分かっている。今日、自分の為に休んで他の日に詰めて働くなどはしてほしくないのだ。父のように過労が重なってしまったらと考えると……


「穂乃果」


 いつの間にかぎゅっと膝の上で拳を握りしめていたらしい。力の入っていた拳を指一本一本優しく解かれ、玲司の大きな手が温かく穂乃果の両手を包み込んだ。力が穏やかに抜けていくのがわかる。


「僕の部下はとても優秀なんだ。原口なんて優秀な秘書だってことは穂乃果だって一緒に働いてみてわかるだろう?」
「それは……分かります」


 原口は本当に秘書のエキスパートとも言えるくらい有能だと思う。電話がなれば直に出て対応し、他社の役職の人が訪れてくるときも必ず相手の好きなものを把握してるようで手土産は欠かさず用意していた。とにかく気が利いて、有能だ。


「だから大丈夫。それに原口だって穂乃果を心配してるんだ。だから今日は一日ずっと君の側から僕は離れないから覚悟しておいてね」


 じぃっと玲司に見つめられる。出会った時から変わらない瞳で、じぃっと。


< 144 / 170 >

この作品をシェア

pagetop