仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。

 疲れていても、それでも一つだけ気になることがある。


「どうして私なのですか?」


 玲司ほどの容姿の良さと、経済的余裕があればどんな美女も落ちないはずがない。穂乃果の質問に玲司はクスリと小さく笑って穂乃果の頭を優しく撫で始めた。


「僕は君に興味があるんだ」
「……きょう、み、ですか?」


 よく分からない。


「そうだ。だから君と結婚したい」
「それだけですか?」


 興味があるからと言って結婚を申しでてくる意味の分からない男。お金を出してくれると言う男。高梨印刷を倒産に追いやった桐ケ谷製菓の社長。
 こんな男の言うことを信じてもいいのだろうか。けれどこの結婚の条件は疲れ果てた穂乃果の脳でも分かるほどの好条件だった。父の大切にしてきた工場、穂乃果が産まれ育った場所も失い、穂乃果は職を失った。けれど桃果の治療費は毎月かなりの金額がかかる。妹を守れるのはもう自分しかいない。この話は全てを失った穂乃果にとってとてもいい条件。しかも従業員の再就職先まで。


「まぁ強いて言うなら世間体も結婚してる方が楽っていう面はあるけれど、それなら僕は僕の興味をそそる君と結婚したい、そう思ったんだ」


 自分のどこに興味が湧くとかこの男の頭の中はどうなっているんだろうか。でも、自分だけが我慢してこの男と結婚すれば穂乃果の周りの人はこの先きっと不幸にならなくてすむ。我慢なら慣れている。
 ぎゅっと父の遺骨を抱きしめ直し、ごくんと生唾を飲み穂乃果は決心した。


「この結婚、ありがたく受けさせて頂きます」
「うん、力強くて良い目だ」


 頭にのせられていた玲司の手がするりと下に落ちて穂乃果の頬を包み込んだ。バチリと視線がかち合う。
 結婚はするけれど、この男に気を許したわけではない。穂乃果はキッと強く玲司の顔を見つめた。


「はは、本当に君は面白い、やっぱり僕の興味をそそるよ」
「そうですか。もう一度確認しますが妹の治療費、従業員の再就職先はちゃんと守ってくれますね? やっぱり無しとかはやめてくださいね」
「もちろんだよ。妹さんのことも従業員の人たちも、そして穂乃果、君のことも。君が僕と結婚してくれると承諾してくれたんだ、かならず守り抜くと誓うよ」


 近づいてくる。ジリっと濃くなる空気感。避けることは出来ただろうけれど、穂乃果は避けずに受け入れた。ファーストキスはレモンの味でもなく、なんの味もしない、ただ初めて感じる柔らかさ。
 好きな人といつかは結婚する、なんて小さな夢。叶わなくなった今、玲司の唇を受け入れて夢は叶わないと穂乃果はが自分の身体に教えてやったのだ。
 
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