仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。


 高梨印刷工場、穂乃果の祖父の代から続く印刷工場だ。主にお菓子の箱の印刷などを請け負っている。町の小さな工場なので従業員も二十人と少ないが、社員全員が家族のようなアットホームな会社だ。穂乃果は小さい時からこの中で育ってきた。工場の機械音、ガタガタと機械が動く音が幼い頃から聞いているからか心地よい。
 この心地よい生まれ育った場所を大切に守りたい。だが会社の経営はギリギリ糸が張っているような状態で少しの衝撃でプツンと切れてしまいそうな所にある。思い込みかもしれないが林田からの交際を断った後日、林田の会社との契約を切られてしまった。さらに追い討ちをかけるように高梨印刷の仕事の四割を占めている桐ヶ谷製菓にも契約を打ち切られそうな現状だ。桐ケ谷製菓はCMもバンバン流れている大手のお菓子メーカーなので高梨印刷にとってはかなりの大口だった。契約を切られたらかなり痛い。昔から頼りにしている税理士さんにも契約を切られたとしても、新しい契約を切られた以上に取らないとこの先は厳しいとつい先日警告されてしまった。つまり倒産すると。


「穂乃果、父さん桐ケ谷製菓にもう一度契約継続の事頼みに行ってくるな」
「うん、でもお父さん疲れているでしょう? 私が代わりに行こうか? 桐ヶ谷製菓は結構遠いし」


 データ入力している手は止めずに父と話す。


「何いってんだ。疲れちゃいないよ。それに社長の俺が行かないとな」


 父は疲れたと絶対に口にしない。少しでも多く仕事をもらうために営業もこなしながら工場の仕事もこなし、朝から晩まで働いていて身体が心配になるほど。「休みなよ」と言っても「大丈夫だ」としか言わない頑固者だ。最近はなんだか少し痩せて髪も薄くなってしまった気がする。年齢的なものもあるのだとは思うけれど、元から色白なのでさらに痩せて見えてしまうのかも。でも父が一所懸命働くことには理由があるから穂乃果も止める事ができない。桃果の病気の治療費が毎月かなりの額かかるのだ。父は会社を経営して従業員の給料を支払うため、桃果の治療費を払うために今日も必死で働いている。

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