仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
「そうだよね〜、うん分かった。雨だから気をつけてね」
「ん、分かってるよ。じゃあこっちのことは頼むな」
「はーい、いってらっしゃい」
ガチャンと古い扉の閉まる音が背中に聞こえた。外はボタボタと大きな雨粒が音を鳴らして降っている。すごい音……ふと窓から外を見るとまだ夕方前だというのに空は暗かった。暗くて少し怖かった。
外を眺めて一度止まってしまった手を動かし、カタカタとパソコンをまた打ち始める。
「穂乃果、ちょっといいか?」
「西片さん、どうしたの?」
工場長の西片さん。穂乃果が母に抱っこされていた時代から知っている、父の一番の会社での右腕で、親友でもある。クマさんみたいな優しい人だ。
「これちょっと色が薄い気がするんだけど不良になる前に先方に確認取ってもらえるか?」
「ん、了解。確認してみるね」
先方の営業に電話をするとちょうど近くまで来ているとのことですぐに確認が取れ、確かにちょっと薄いかも、と確認してくれた営業の人と西片で立会ながらもう一度色を確認し始めた。こういった営業との小さなやりとりが大きな仕事に繋がったりもして、信頼関係を高梨印刷は大事にしている。
会社の電話が鳴り、電話番号を見ると父のスマホからの着信だ。
「もしもし、どうしたの?」
「穂乃果か……やっぱり桐ヶ谷製菓はダメだったよ。契約は打ち切りだって。ははは、困ったなぁ」
父のかなり弱った細い声をあの時以来久しぶりに聞いた。母が亡くなったあの日以来、なんだか少し怖くなるくらい弱々しい。
「そっか……とりあえず帰っておいでよ。一緒にどうするか考えよう」
「そうだな……今から帰るよ」
「気をつけてね」
プツリと切れた電話にやっぱりダメだったかー、と穂乃果は肩を落とした。きっと直接言われた父の方が精神的ダメージは大きかったはずだ。父の声に覇気がなかった。とにかく父が帰ってきたらこれからの事を考えなければこの先の高梨印刷の未来はない。