仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
桃果の元気な姿に後ろ髪をひかれながら病院を出た。この近くには工場がある。少し外から見てみようかと思ったが足がすくんで動けなかった。潰れたという現実をまた目の当たりのするのが怖い。父の大切にしていた工場、穂乃果のとっても大切な居場所だった。やっぱり自分の目で見るには余りにも無惨で、自分の運命に嫌気が差す。たくさんの笑顔が溢れていたあの場所が穂乃果の居場所であり、玲司の隣は自分の居場所ではない。仕方なくいる場所だ。
「タクシーに乗らなくちゃ」
玲司とタクシーで帰ることを約束した穂乃果は病院のロータリーに並ぶタクシーの列に向かった。病院の外は色んな人で溢れかえっている。診察にきたであろう人や、大きな荷物を持っている人。きっとこの人は入院しているひとに荷物を届けに来たのだろう。さまざまな人がいる中、ゾクリと背筋を刺すような視線を感じ、驚きながら穂乃果はバッと後ろを振り返ったが、特に変わった様子はなかった。
(き、気のせいね……)
たくさんの人がいるんだ、視線を感じてもおかしくないだろう。ふぅと溜息をついてロータリーに並ぶタクシーに穂乃果は乗り込んだ。スマホのメモから住所を見て伝えて玲司の家へ向かってもらう。また遠ざかっていく住み慣れた街。なんだか見たくなくて目を閉じた。
少し経ってから目を開け、スマホをバックから取り出す。連絡をいれると約束してしまったので玲司にメッセージを送った。
’’今タクシーに乗って帰っています’’
送った瞬間に既読になるという怖い現象、まさかと思うけど連絡をスマホに張り付いて待ってた……とかじゃないわよね?
’’了解。家についたらしっかり戸締まりするんだよ。なるべく早く帰ります’’
戸締まりって……やっぱり穂乃果は玲司に子供扱いされているようで少しムッとなった。