仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。
機械音のしなくなった静かな工場内。どしゃぶりの、永遠に止まないのではないのかと思うくらいの強い雨の音だけがよく聞こえる。
「凄い雨だなぁ」
窓の外を見ると洗車機のなかにでもいるように雨が窓を打ち付けていた。
九時を過ぎてもなかなか父が帰ってこない。電話があってから二時間も経っている。そろそろ帰ってきてもおかしくない時間だ。
(もう少し待って帰ってこなかったら先に帰って家でご飯を作って待ってようかな)
何を作ろうかなぁと疲労回復に豚肉でも使おうか、と頭の中に家の冷蔵庫の中を思い出しながら考えでいたら、プルル、プルル――、会社の電話が鳴った。こんな時間に珍しい。知らない番号だ。不思議に思いながらも受話器を耳にあてる。
「もしもし、高梨印刷です」
「あ、もしもし、高梨印刷の方ですかね? わたくし――」
何を話したか、話されたか分からない。受話器を置くとガシャンとシャターが落ちたように目の前が急に真っ暗になった。ドッドッドッドと異様な速さで心臓が動き、息の仕方を忘れたように胸が苦しい。
時間にしたら数秒かもしれない、でもなんだか時が止まったように感じた。
息の仕方もままならないまま穂乃果は工場を飛び出した。
神様が号泣でもしているのだろうか。大きな雨粒が容赦なく地面を叩きつけては水溜りをつくりだしていた。傘もささずに大粒の雨の中、バシャバシャと足元に跳ねる泥も気にせずに、とにかく走って、走って、足がもつれて転びそうになりながらも、息を切らして走り続けた。次第に雨音は聞こえくなり自分のバクバクと激しく動く音しか聞こえなくなった。