仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。

 霊安室と書かれた扉が目の前に立ちはだかる。
 ――嫌だ、見たくない、入りたくない。
 ――でも、もしかしたら人違いかもしれない。
 そうであってほしいと願いながら鉛のように重い足を引きずるようにして霊安室に入った。
 テレビドラマなどでよく見る白い布が見える。確認するのが怖くて震えは手だけではなく身体全身がカタカタと震えだした。


「ご確認をお願いします」


 警察の人に確認するよう声を掛けられ穂乃果は震える指先で顔に掛けられている白い布を捲りあげた。


「っつ――」


 喉がヒュウっと鳴り口元を両手で塞ぎ、声にならない叫びをあげる。目の前に唐突に押し付けられた現実、血の気のない顔色で目を瞑っている顔は紛れもなく穂乃果の父だった。つい数時間前まで話していて、いってきますと会社を出ていったはずの父が目の前で白い布に包まれて目を瞑っている。


「あぁ、嘘、嘘だ……いやあぁぁぁ――」


 身体がバラバラに崩れるように父の身体に泣きついた。十年ぶりに流した涙はまた、大切な人を失ったときに流すなんて、神様はなんて残酷なのだろう。ずっと流していなかった穂乃果の涙は壊れた蛇口のように止まることを知らない。


「この雨でしたから滑ったのかとも思いましたが、雨が凄過ぎてブレーキ痕が分からずで、もしかしたら体に異変が起きた可能性も考えられます。なので――」

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