翠も甘いも噛み分けて
 ロッカーに鍵をかけて席に戻ると、机の上には、先ほど浜田が言っていた資料が積まれていた。

「これ、集計してグラフ化してくれる? 折れ線と棒グラフ、両方あると見やすいな。色分けとかは伊藤さんのセンスに任せる」

 浜田の言葉に、あの日、翠の容姿について陰で言われていたことをふと思い出した。仕事中はさん付けで呼ぶけれど、仕事が終われば同僚たちが呼ぶように、翠のことを伊藤ちゃんと呼ぶ。入社したころはオンオフの切り替えができて、且つ親しみを持ってくれていると思っていたけれど、今となってはそう呼ばれること自体が気持ち悪い。

「はい、わかりました」

 翠は机の上の資料に目を通しながら、ソフトを立ち上げて数値の入力を始めた。小一時間ほど格闘し、なんとか頼まれたグラフ化まで処理が済むとそれを浜田あてにメールで送り、画面を閉じる。

「浜田さん、今データを送りました。資料はお返ししますので、内容の確認をお願いします」

 机の上に置かれていた資料を浜田に返し、自分の仕事に取りかかると、なんとかギリギリ定時前に終了した。自分の入力した文書をプリントアウトし、内容を精査する。パソコン上の画面だけでの確認だと見落としがあると教えてくれたのも浜田だった。仕事の面では尊敬できるけれど、それ以外については関心が薄れてしまったので、もうどうでもいい。

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