天才脳外科医はママになった政略妻に2度目の愛を誓う
 乃愛はときどき鋭くて困る。よりによってこんなときに鋭さをみせなくてもいいのに。

「莉子、今日は一緒にコルヌイエに泊まって、夕食はルームサービスにしないか? スイートルームだから寝室は二つあるし、ホテルに伝えれば問題ない」

「で、でも それは……」

「頼む。どうしてもそうしてほしい。着替えは買えばいいだろう?」

 啓介さんはずるい。乃愛の前で揉めたくないから「うん」としか言えないってわかっていて言ってる。

「夜景も綺麗だし、乃愛楽しみだな」

 今日は一緒にねんねしようと言われ、わけもわからず乃愛は大喜びだ。

 乃愛が喜べば喜ぶほど私は悲しくて辛くなる。

 水族館の中は暗いのが救いだった。

 今夜泊まって、それで明日の朝別れたら、乃愛は泣くに決まっている。

 私だって……。

 指先からこぼれ落ちる幸せなら、最初からない方がまし。

 思い出を糧になんて言えるようになるには、枕を濡らす夜を重ね、声を殺して嗚咽を漏らす日々を乗り越えなきゃいけない。

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