天才脳外科医はママになった政略妻に2度目の愛を誓う
 病院の入り口からここに着くまでの間に見かけた看護師も医者も、私が知らない顔ばかり。この病院にいるのは、私が先代の理事長の娘だとは知らない人々だ。

 悔しさがこみ上げる。

 唇を噛みながら無念な思いを押し殺し、向かい側の三人掛けソファーの中央に腰を下ろす。

「それで、今どれくらいなんだ?」

 一瞬なんの話かわからなかった。

「子ども。産んだんだろう?」

 えっ、あ、そうだ。自分で言ったんだった。

「まだ二カ月くらいです」

 病院の駐車場でサトさんに見てもらっている乃愛を思い浮かべる。

 泣いてないといいけれど……。

「それで、相手の男は?」

 長い脚を組み、肘掛けにかけた右腕の指先に顎をのせた彼は微かに笑っているように見える。

「言えません」

「――離婚の条件は?」

「この病院の権利をすべて、あなたに差し上げます」

 今は完全に赤字経営から脱却したと院長から聞いている。

 不貞の慰謝料として十分なはずだ。

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