Graduation 〜卒・行〜
【2】13番目
18:30。
ドアベルを鳴らす咲。
「はい、どちら様でしょうか?」
「こんな時間にすみません。警視庁の者ですが、どうしても久美さんにお聞きしたいことがあって…ご協力お願いします」
「今日のことなら、刑事さんにもお話ししましたし、本人もかなりショックを受けてまして…また日を改めてお願いできないでしょうか?」
富士本が代わる。
「刑事課で課長をやっております富士本と申します。大変なことで、我々も驚いてます。お嬢さんが、丁度あの時に、携帯で撮影していたことがわかりまして…お話が無理なら、その画像だけ確認させてください。何とかお願いします」
「まぁ、課長さんがわざわざ。携帯を、お見せするだけなら、どうぞ。玄関は開けましたので。今借りて参ります」
富士本の穏やかな雰囲気に、感心した咲。
(やるじゃないの、さすが年の功)
「失礼します」
富士本が玄関を開けて、中へ入る。
外で待つ咲。
少しして、母親が携帯を持って出て来た。
「これですが…あのぅ…」
そこは咲の出番である。
「失礼します。ご安心ください。法律的には何も問題はないので。学校にも話す必要はありませんから」
携帯を手にして、画像を探す。
「あった!」
バッグからノートPCを取り出し、接続してその映像を保存した。
「ありがとうございました。娘さんにも感謝をお伝えください。では失礼します」
「ご協力をありがとうございました。かなりのショックだったと思います。もし何かの時は、連絡ください」
名刺を渡し、やり過ぎない、ほどほどの笑顔で会釈する富士本。
「ご苦労様でした」
慌てずに車に戻る2人。
乗り込んだ途端に、PCを開いて確認する咲。
「車酔いするなよ」
「分かってるわよ。何か…やな感じだったのよね」
映像を見つけた時、一瞬寒気を感じた。
富士本も映像が気になり、ちょこちょこと覗き見る。
住宅街の細い交差点が続く。
「何これ⁉️」
「どうし…なっ⁉️」
「キキキキキキィーー❗️」
「ゴンっ」「痛ッ!」
突然の急ブレーキに、うつむいていた咲の頭が、フロントガラスにぶつかった。
「痛てて…何やってんのよ💢」
「す…すまん…しかし…」
富士本の怯えた表情に気づく咲。
「どうかしたの?青い顔して」
「いや…何でもない。気のせいだろう。それより、君の方は何か見つけたのか?」
「あ〜あ…💧」
ノートPCは、咲の豊満な胸💦とダッシュボードに挟まれ、画面が破損し壊れていた。
「マジか〜買ったばかりなのに…頭痛いし。運転手ならちゃんと前見てやってよね!」
運転手…ではあるが、多分そうではない💧
「咲もシートベルトくらいしなさい。警察に捕まるぞ❗️」
…警察官である💧
あり得ないモノに、2人とも混乱していた。
「これって、経費で落ちる?」
「何とかしてみるよ、全く…。パソコンに詳しいやつがいるから、メモリーは大丈夫だろう」
「………」
「………」
「どしたのよ?早く帰りましょ」
「なぁ咲、免許は持ってたよな?ちょっと疲れたから、代わってもらえるか?」
目がうつろで、手が震えていた。
「仕方ないわね、いいわよ。ナビついてるし」
降りて入れ替わる2人。
「何で後ろ回って遠回りしてんのよ?」
「いや、別に…何でもない。さぁ帰るぞ」
この日以来、咲の車にだけは乗らない💦
そう誓った富士本であった…。
〜霞ヶ関 警視庁刑事課〜
テレビでは、急遽帰国した坂上総理大臣が、悲しみに暮れた表情で記者会見を開いている。
「お気の毒ね…あの記者達は、いったい何を期待してんだか?今のご気持ちは?って、聞いてどうするやら…」
ソファに長い脚を乗せ、ボヤく咲。
「総理だろうが、ラーメン屋の娘だろうが、1人の命に違いはないのにな。不公平って言うか、確かに気の毒だな」
辻本が咲に便乗する。
「ほらほら、2人ともボヤいてないで、会議始めるぞ」
いつの間にか、捜査員が集まっていた。
会議室に移る2人。
「ではまずは、学校の方だ。例の13番目の娘《こ》はいたか?」
「報告します。確かに、亡くなった坂上紫乃譜《さかがみしのぶ》さんは14番目で、13番目には、阿良宮美里愛《あらみやミリア》という者がいるはずでした」
「阿良宮?…どこかで聞いた名だな…」
「はい。父親はジャズピアニストの阿良宮和哉《あらみやかずや》で、母親は同じバンドでボーカルのモナカ・グラミール」
「思い出した!ツアー中に出会って、不倫の末に人気の黒人歌手と再婚した、あの阿良宮か」
「そんなに有名人なの?」
「ジャズ界では知らない者はいないな。前妻の樋口詩織《ひぐちしおり》も有名なピアニストで、話題になったもんだ」
「…で?本筋を報告しろ」
「えっ…あ、そうだ💦 当日ドタキャンしたようで、教えて貰った住所にも行ってみたんですが…いませんでした」
歯切れの悪さが気になった。
「まさか、昨日から帰ってないとか?」
図星であった。
「はっきりはしないんですが…20階建てのアパートの18階に、ほとんど一人で住んでいて、近所付き合いもなく…。ただ、昨夜は電気が点かなかったと言うわけです」
「親はアメリカツアーの真っ最中で、未だに連絡もつかない始末で…」
「前夜祭に、友達の家に行ったとか?卒業式の前夜に、1人は寂しいだろう」
富士本が心配気に呟く。
「それが…高校では、親しい友人はいない…と言うか、あまり存在感が無かった感じで…」
「ハッキリしなさいよ!要するに、孤立してて、誰も阿良宮美里愛《あらみやミリア》について、話したがらなかった!ってことね」
「はい💦」
(さすが咲。もう仕切り始めやがった)
楽しそうに眺める、富士本であった。
そこから暫くは、坂上紫乃譜についての調べや、憶測が飛び交った。
「生徒会長で、成績優秀…まぁ、都内でお茶の水女子と肩並べてる高校だから、皆んな優秀なんだろうけどね」
「何が引っ掛かってんだ、咲?」
(やっぱバレたか…)
「な〜んかね、出来過ぎてんのよね。まるでよくある学園ミステリーみたいで、気に入らないのよ」
「気にいるとか、そう言う問題じゃないだろ」
「ん〜でもね。あからさまに、総理の娘を持ち上げてるけど…実は性根の悪いガキで、阿良宮をイジメていて、学校も生徒も見ぬふりって、パターンじゃん!」
「まぁ…確かにな」
学校の調査に当たった皆んなが、それを感じてはいた。
「富士本さん、彼女の搜索手配は……はぁ〜まだできないか…ちくしょう!」
これでも元弁護士である。
…手がけた案件は1件ではあったが💧
「親の承諾も無しじゃ、3日間はまず無理ね。あんな学校だし、上からも潰されるわ」
「一つ気になることが…」
「何だ?」
「現場をうろついてる年配の人がいて、気がついた時には、もう車で…」
「そいつ、俺も見かけたぞ。ベレー帽に地味〜な服装で、気付いたらもう車で…」
「それって、気付いたじゃなくて、気付かれたのよ。ベレー帽の年配ねぇ…」
富士本の、僅かな反応が気になった咲。
そこへ笹谷が入って来た。
「咲さん、やっと復元できたぜ!」
「マジ❗️やるじゃない。見せて見せて」
全員がパソコン画面に群がる。
「これこれ!」
卒業証書の授与が始まっていた。
最前列で隠し撮りしていた彼女。
映像は、膝の上に置いた手の指の隙間から、見上げる形であった。
次々と卒業生が通り過ぎて行く。
「音声はないのよね〜」
「あっ!坂上紫乃譜です!」
皆んなの鼓動が早くなるのが分かる。
そして…
「うっわッ⁉️ひでぇ…」
天井から落ちて来た照明機具。
カメラの位置からは、真っ直ぐに見える。
「彼女はここだ。照明はこの辺りで、被害者はここ」
富士本が白板に図を書く。
驚いて逃げ出したのか、取りっぱなしの画像が乱雑に揺れて、現場から遠ざかる。
「いやぁ…見るんじゃなかったな。今夜眠れそうにないや」
「全くだな…ん?」
呟いた辻本が、2人に気付く。
富士本は流れる汗を、ハンカチで拭っている。
「どうしました、2人とも?幽霊でも見たみたいに…」
「…みんなも見たでしょ」
「えっ?何を?」
「幽霊…かな…でもあんなに鮮明に?」
訳の分からない辻本が、笹谷にもう一度再生する様に指示した。
また生徒が次々に過ぎて行き、被害者も続く。
「止めて❗️」
咲の声に驚く皆んな。
「咲さん、そう言うのやめてくださいよ。全くもう。普通に生徒が映ってるだけじゃないですか」
「まだ分からないの❗️普通じゃ、おかしいのよ❗️」
言われて気付いた辻本。
「そ…そうか。被害者の前には、1人分の間があるはず…しかし、映像にはそれがない⁉️」
一瞬にして、恐怖が染み渡った。
恐怖による沈黙は、その恐怖を増幅させる。
巻き戻す勇気は起きなかった。
その代わりに、咲の口が、次を指示した。
「ゆっくり…進めてくれる。私が見たのは、これだけじゃない…」
「やめろよ、咲さん。冗談…」
「冗談…何か言える状況だと思う?」
辻本の言葉に声を被せ、逃がさない咲。
真剣な目で画面を見つめる。
「回せ」
富士本も命じた。
映像が続く。
被害者の前には、確かに1人…いた。
何故か顔は見えない。
確かに校長から、卒業証書を受け取っていた。
「校長は確かに、被害者の前の娘は欠席で、いなかったと言っていたぞ…あれは嘘か?」
「黙って❗️」
恐怖を誤魔化す辻本を、咲が再び引き戻す。
「ゆっくり…ゆっくり進めて」
卒業証書へ手を伸ばす紫乃譜《しのぶ》。
その上から、真っ直ぐに照明器具が近付く。
振り仰ぐ間もなく、坂上紫乃譜の体が無惨に潰されて行く。
何故か…誰も目を背けなかった。
いや…背け《《られなかった》》のである。
骨が砕け、肉が潰れて飛び散る。
その音が聞こえて来る気がした。
それほどに生々しい惨劇。
そして…
「止めて❗️」
咲の声に、ビクッ!となる皆んな。
「…やっぱり⁉️」
ゴクリ…
息を飲み込む音がした。
「こ…こ、拡大を…」
咲の指さす辺りに、違和感を感じた。
笹谷がゆっくり拡大していく。
と…その指が…固まった。
「…いた」
小さな咲の呟き。
そこに、否定できない《《モノ》》が…いた。
照明のあった場所。
真っ暗な闇に浮かび上がる…恐ろしい形相。
「な…何なんだあれは⁉️」
何人かがおもわず後ろに下がる。
それ程に強い恐怖。
「紫乃譜さんは死に際に、これを見た…」
恐怖に歪んだ、あの《《死面》》が蘇る。
「笹谷…もういい、消してくれ」
富士本が告げ、彼が画面を消す。
しかしその残像は、ハッキリと皆んなの頭に残っていた。
そして。
富士本も告白した。
「咲よ、お前がこれを見た時。…私は目の前に飛び出して来た《《何か》》を見たんだ」
「だからあの時、急ブレーキを?」
無言…
(当たりね…)
「明日、搜索願いを申請してみるか…やはり、何かある」
富士本の頭に、ある少女の姿が浮かんでいた。
(紗夜《さや》…)
申請は当然のように却下された。
しかし、連絡のついた阿良宮美里愛《あらみやミリア》の両親が帰国し、事故から10日後に、やっと搜索が始まった。
だが…何も進展がないまま、捜索は打ち切られたのであった。
18:30。
ドアベルを鳴らす咲。
「はい、どちら様でしょうか?」
「こんな時間にすみません。警視庁の者ですが、どうしても久美さんにお聞きしたいことがあって…ご協力お願いします」
「今日のことなら、刑事さんにもお話ししましたし、本人もかなりショックを受けてまして…また日を改めてお願いできないでしょうか?」
富士本が代わる。
「刑事課で課長をやっております富士本と申します。大変なことで、我々も驚いてます。お嬢さんが、丁度あの時に、携帯で撮影していたことがわかりまして…お話が無理なら、その画像だけ確認させてください。何とかお願いします」
「まぁ、課長さんがわざわざ。携帯を、お見せするだけなら、どうぞ。玄関は開けましたので。今借りて参ります」
富士本の穏やかな雰囲気に、感心した咲。
(やるじゃないの、さすが年の功)
「失礼します」
富士本が玄関を開けて、中へ入る。
外で待つ咲。
少しして、母親が携帯を持って出て来た。
「これですが…あのぅ…」
そこは咲の出番である。
「失礼します。ご安心ください。法律的には何も問題はないので。学校にも話す必要はありませんから」
携帯を手にして、画像を探す。
「あった!」
バッグからノートPCを取り出し、接続してその映像を保存した。
「ありがとうございました。娘さんにも感謝をお伝えください。では失礼します」
「ご協力をありがとうございました。かなりのショックだったと思います。もし何かの時は、連絡ください」
名刺を渡し、やり過ぎない、ほどほどの笑顔で会釈する富士本。
「ご苦労様でした」
慌てずに車に戻る2人。
乗り込んだ途端に、PCを開いて確認する咲。
「車酔いするなよ」
「分かってるわよ。何か…やな感じだったのよね」
映像を見つけた時、一瞬寒気を感じた。
富士本も映像が気になり、ちょこちょこと覗き見る。
住宅街の細い交差点が続く。
「何これ⁉️」
「どうし…なっ⁉️」
「キキキキキキィーー❗️」
「ゴンっ」「痛ッ!」
突然の急ブレーキに、うつむいていた咲の頭が、フロントガラスにぶつかった。
「痛てて…何やってんのよ💢」
「す…すまん…しかし…」
富士本の怯えた表情に気づく咲。
「どうかしたの?青い顔して」
「いや…何でもない。気のせいだろう。それより、君の方は何か見つけたのか?」
「あ〜あ…💧」
ノートPCは、咲の豊満な胸💦とダッシュボードに挟まれ、画面が破損し壊れていた。
「マジか〜買ったばかりなのに…頭痛いし。運転手ならちゃんと前見てやってよね!」
運転手…ではあるが、多分そうではない💧
「咲もシートベルトくらいしなさい。警察に捕まるぞ❗️」
…警察官である💧
あり得ないモノに、2人とも混乱していた。
「これって、経費で落ちる?」
「何とかしてみるよ、全く…。パソコンに詳しいやつがいるから、メモリーは大丈夫だろう」
「………」
「………」
「どしたのよ?早く帰りましょ」
「なぁ咲、免許は持ってたよな?ちょっと疲れたから、代わってもらえるか?」
目がうつろで、手が震えていた。
「仕方ないわね、いいわよ。ナビついてるし」
降りて入れ替わる2人。
「何で後ろ回って遠回りしてんのよ?」
「いや、別に…何でもない。さぁ帰るぞ」
この日以来、咲の車にだけは乗らない💦
そう誓った富士本であった…。
〜霞ヶ関 警視庁刑事課〜
テレビでは、急遽帰国した坂上総理大臣が、悲しみに暮れた表情で記者会見を開いている。
「お気の毒ね…あの記者達は、いったい何を期待してんだか?今のご気持ちは?って、聞いてどうするやら…」
ソファに長い脚を乗せ、ボヤく咲。
「総理だろうが、ラーメン屋の娘だろうが、1人の命に違いはないのにな。不公平って言うか、確かに気の毒だな」
辻本が咲に便乗する。
「ほらほら、2人ともボヤいてないで、会議始めるぞ」
いつの間にか、捜査員が集まっていた。
会議室に移る2人。
「ではまずは、学校の方だ。例の13番目の娘《こ》はいたか?」
「報告します。確かに、亡くなった坂上紫乃譜《さかがみしのぶ》さんは14番目で、13番目には、阿良宮美里愛《あらみやミリア》という者がいるはずでした」
「阿良宮?…どこかで聞いた名だな…」
「はい。父親はジャズピアニストの阿良宮和哉《あらみやかずや》で、母親は同じバンドでボーカルのモナカ・グラミール」
「思い出した!ツアー中に出会って、不倫の末に人気の黒人歌手と再婚した、あの阿良宮か」
「そんなに有名人なの?」
「ジャズ界では知らない者はいないな。前妻の樋口詩織《ひぐちしおり》も有名なピアニストで、話題になったもんだ」
「…で?本筋を報告しろ」
「えっ…あ、そうだ💦 当日ドタキャンしたようで、教えて貰った住所にも行ってみたんですが…いませんでした」
歯切れの悪さが気になった。
「まさか、昨日から帰ってないとか?」
図星であった。
「はっきりはしないんですが…20階建てのアパートの18階に、ほとんど一人で住んでいて、近所付き合いもなく…。ただ、昨夜は電気が点かなかったと言うわけです」
「親はアメリカツアーの真っ最中で、未だに連絡もつかない始末で…」
「前夜祭に、友達の家に行ったとか?卒業式の前夜に、1人は寂しいだろう」
富士本が心配気に呟く。
「それが…高校では、親しい友人はいない…と言うか、あまり存在感が無かった感じで…」
「ハッキリしなさいよ!要するに、孤立してて、誰も阿良宮美里愛《あらみやミリア》について、話したがらなかった!ってことね」
「はい💦」
(さすが咲。もう仕切り始めやがった)
楽しそうに眺める、富士本であった。
そこから暫くは、坂上紫乃譜についての調べや、憶測が飛び交った。
「生徒会長で、成績優秀…まぁ、都内でお茶の水女子と肩並べてる高校だから、皆んな優秀なんだろうけどね」
「何が引っ掛かってんだ、咲?」
(やっぱバレたか…)
「な〜んかね、出来過ぎてんのよね。まるでよくある学園ミステリーみたいで、気に入らないのよ」
「気にいるとか、そう言う問題じゃないだろ」
「ん〜でもね。あからさまに、総理の娘を持ち上げてるけど…実は性根の悪いガキで、阿良宮をイジメていて、学校も生徒も見ぬふりって、パターンじゃん!」
「まぁ…確かにな」
学校の調査に当たった皆んなが、それを感じてはいた。
「富士本さん、彼女の搜索手配は……はぁ〜まだできないか…ちくしょう!」
これでも元弁護士である。
…手がけた案件は1件ではあったが💧
「親の承諾も無しじゃ、3日間はまず無理ね。あんな学校だし、上からも潰されるわ」
「一つ気になることが…」
「何だ?」
「現場をうろついてる年配の人がいて、気がついた時には、もう車で…」
「そいつ、俺も見かけたぞ。ベレー帽に地味〜な服装で、気付いたらもう車で…」
「それって、気付いたじゃなくて、気付かれたのよ。ベレー帽の年配ねぇ…」
富士本の、僅かな反応が気になった咲。
そこへ笹谷が入って来た。
「咲さん、やっと復元できたぜ!」
「マジ❗️やるじゃない。見せて見せて」
全員がパソコン画面に群がる。
「これこれ!」
卒業証書の授与が始まっていた。
最前列で隠し撮りしていた彼女。
映像は、膝の上に置いた手の指の隙間から、見上げる形であった。
次々と卒業生が通り過ぎて行く。
「音声はないのよね〜」
「あっ!坂上紫乃譜です!」
皆んなの鼓動が早くなるのが分かる。
そして…
「うっわッ⁉️ひでぇ…」
天井から落ちて来た照明機具。
カメラの位置からは、真っ直ぐに見える。
「彼女はここだ。照明はこの辺りで、被害者はここ」
富士本が白板に図を書く。
驚いて逃げ出したのか、取りっぱなしの画像が乱雑に揺れて、現場から遠ざかる。
「いやぁ…見るんじゃなかったな。今夜眠れそうにないや」
「全くだな…ん?」
呟いた辻本が、2人に気付く。
富士本は流れる汗を、ハンカチで拭っている。
「どうしました、2人とも?幽霊でも見たみたいに…」
「…みんなも見たでしょ」
「えっ?何を?」
「幽霊…かな…でもあんなに鮮明に?」
訳の分からない辻本が、笹谷にもう一度再生する様に指示した。
また生徒が次々に過ぎて行き、被害者も続く。
「止めて❗️」
咲の声に驚く皆んな。
「咲さん、そう言うのやめてくださいよ。全くもう。普通に生徒が映ってるだけじゃないですか」
「まだ分からないの❗️普通じゃ、おかしいのよ❗️」
言われて気付いた辻本。
「そ…そうか。被害者の前には、1人分の間があるはず…しかし、映像にはそれがない⁉️」
一瞬にして、恐怖が染み渡った。
恐怖による沈黙は、その恐怖を増幅させる。
巻き戻す勇気は起きなかった。
その代わりに、咲の口が、次を指示した。
「ゆっくり…進めてくれる。私が見たのは、これだけじゃない…」
「やめろよ、咲さん。冗談…」
「冗談…何か言える状況だと思う?」
辻本の言葉に声を被せ、逃がさない咲。
真剣な目で画面を見つめる。
「回せ」
富士本も命じた。
映像が続く。
被害者の前には、確かに1人…いた。
何故か顔は見えない。
確かに校長から、卒業証書を受け取っていた。
「校長は確かに、被害者の前の娘は欠席で、いなかったと言っていたぞ…あれは嘘か?」
「黙って❗️」
恐怖を誤魔化す辻本を、咲が再び引き戻す。
「ゆっくり…ゆっくり進めて」
卒業証書へ手を伸ばす紫乃譜《しのぶ》。
その上から、真っ直ぐに照明器具が近付く。
振り仰ぐ間もなく、坂上紫乃譜の体が無惨に潰されて行く。
何故か…誰も目を背けなかった。
いや…背け《《られなかった》》のである。
骨が砕け、肉が潰れて飛び散る。
その音が聞こえて来る気がした。
それほどに生々しい惨劇。
そして…
「止めて❗️」
咲の声に、ビクッ!となる皆んな。
「…やっぱり⁉️」
ゴクリ…
息を飲み込む音がした。
「こ…こ、拡大を…」
咲の指さす辺りに、違和感を感じた。
笹谷がゆっくり拡大していく。
と…その指が…固まった。
「…いた」
小さな咲の呟き。
そこに、否定できない《《モノ》》が…いた。
照明のあった場所。
真っ暗な闇に浮かび上がる…恐ろしい形相。
「な…何なんだあれは⁉️」
何人かがおもわず後ろに下がる。
それ程に強い恐怖。
「紫乃譜さんは死に際に、これを見た…」
恐怖に歪んだ、あの《《死面》》が蘇る。
「笹谷…もういい、消してくれ」
富士本が告げ、彼が画面を消す。
しかしその残像は、ハッキリと皆んなの頭に残っていた。
そして。
富士本も告白した。
「咲よ、お前がこれを見た時。…私は目の前に飛び出して来た《《何か》》を見たんだ」
「だからあの時、急ブレーキを?」
無言…
(当たりね…)
「明日、搜索願いを申請してみるか…やはり、何かある」
富士本の頭に、ある少女の姿が浮かんでいた。
(紗夜《さや》…)
申請は当然のように却下された。
しかし、連絡のついた阿良宮美里愛《あらみやミリア》の両親が帰国し、事故から10日後に、やっと搜索が始まった。
だが…何も進展がないまま、捜索は打ち切られたのであった。