おおっぴらでひそやかな、恋の伝え方
「ひとつ、おまじないを差し上げましょう」


なんだろう。手のひらに人って書いて飲むとかかな。


おまじないと聞いて、そんな子どもだましを思い浮かべた。


きつく握りすぎて白くなった指先を、ちらりと見る気配がする。


「今日は、ぼくのために歌ってください」


……え。


「好きなひと、誰も思いつかなくて困ってるんでしょう」


思わず勢いよく顔を上げると、静かな眼差しと目が合った。

からかいを含まない、至って真剣なおまじないだと、その目が言っていた。


女性ソロのある課題曲三番は、恋の歌である。


精一杯練習したけれど、上手に歌うことと、話すように歌うことは違うのだ。


地方大会は言葉を大事に歌う方が好きな審査員の方が多いので、できれば歌詞に気持ちを込めて歌いたい。

でも、歌がちょっと情熱的すぎて、うまく気持ちが乗りきれない。

それで、当日になってさえ、おろおろと不安になっているのだった。


「わかりますか」

「わかりますよ。困っていますって顔と声です」


そしてね、ぼくにわかることは、審査員の方にもわかりますよ。
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