おおっぴらでひそやかな、恋の伝え方
うっ、申し訳ない。その通りすぎる。


「別に、なりきらなくていいんですよ。恋の歌だからといって、好きなひとを無理に思い浮かべる必要はありません」

「そう、ですか……?」

「そうですよ」


そうか。先生は、誰か好きな人いないの、とは言わないんだ。


誰か好きな人いないの。

芸能人でもいいんじゃない?

他のパートの男の子で気になる子いないの?


先輩団員たちには、悪気はなかったのだろう。助言しようとしてくれたなかで、少し盛り上がっただけ。


でも、居心地が悪かった。地方大会を突破するためとはいえ、いたずらにプライベートをいじられたくない。

「ええっ、いませんよー!」となんとか笑って返したものの、結局解決しないまま、今日になってしまったのだけれど。


先生の言葉を選んだ礼儀正しさが、胸にひたりと落ちた。


「この歌は、ひたむきさがあればいいんです。あなたは充分ひたむきに歌っています」


だから、今のままでもだいじょうぶです。


「たとえ誰かに宛てて歌うにしても、その誰かは好きなひとではなくて、思いつきやすいひとでもいいんですよ」


それこそ家族でも、ご友人でも、ペットでも。


「ぼくなら目の前にいます。指揮を見るついでに顔でも見れば、頑張って誰かを思い浮かべなくても、イメージたっぷりに歌えるでしょう?」
< 4 / 11 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop