貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
「さて、夕食はどうする? 今日は疲れただろうし、デリバリーでも頼む?」
「さっきパスタとミートソースを買ったし、それでどうかしら?」
「じゃあ俺も手伝うから、パパッと作ろう」
「あら、助かるわ」

 すると譲が真梨子の耳にキスをする。真梨子は体を震わせ怪訝そうに譲を見た。

「だって……夜の約束だろ? この時間までずっと我慢してたんだから」

 真梨子は顔を赤く染める。我慢してたなんて言われると、急に照れ臭くなった。

 今まで夫から求められず落ち込んだ日々だったのに、譲は何度も私を求めてくれる。セックスがしたかったとか、そういうことではなくて、真っ直ぐに愛をぶつけられることが、こんなにも幸せで私を満たしてくれる。

「なんでそんなに元気なのよ……」
「それはね、恋焦がれた真梨子を自分のものに出来たから、抑えが効かなくなってるんだ」

 譲に背中を押されて室内に入ると、彼は勢いよく窓とカーテンを閉める。

 そして真梨子を抱き上げソファに下ろすと、彼女の手に軽くキスをした。体に電流が流れたかのように、ビクッと震える。

「真梨子……愛してるよ……」

 私も愛してる……そう自信を持って言えないのは、まだ《《あの家》》に残してきたものがあるから。全て真っ新になってから、譲にきちんと伝えたい。

「ねぇ……夕飯作らないと……」
「……後でいいよ。もう我慢の限界」

 譲に唇を塞がれると、それだけで真梨子の体は反応し、抵抗出来なくなってしまった。

 やるべきことはたくさんあるのに……そう思いながらも、真梨子は譲のキスに応え、彼の髪の中へと指を滑らせた。

* * * *

 二人で作った夕飯を食べながら、譲は口を開いた。

「引越しはいつ頃にする予定?」
「今度の日曜日を考えてる。なるべく早めがいいと思って」
「業者を手配しようか? 一人だと大変だろ?」

 一人でやろうと思っていた真梨子は、その発想に驚く。

「でもあまり目立ちたくないのよね……」
「俺も手伝うよ。でも家に入らない方がいいかな? 他人の家だし」
「というか、あなたはダメよ。やっぱり……今はこういう関係だし、ちゃんと線引きはしないと」
「わかった。じゃあ俺は車で待つよ。あと何人かいれば何とかなりそう?」
「えぇ。でもそう考えると、頼れる人がいないのよね……」

 その時譲がニヤッと笑う。

「二人くらいなら、すぐに飛んできてくれそうな人物を知っているぞ。後で連絡してみよう」

 二人? 真梨子は首を傾げる。誰かはわからないが、手伝ってもらえるのならありがたい。
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