貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 この鍵でドアを開けるのは久しぶりだった。離婚した日が最後だったから、九日振りね。

 部屋の中の様子は、出ていった日とほとんど変わらない。

 真梨子について部屋に入ってきた二葉と匠は、首を回しながら中を見渡す。

「ここが真梨子さんの家……」
「正確には夫の家ね。私は引越してきただけだから」
「なんというか……先生のものが見当たらない……」

 そうよね。誰が見たってそう思うはず。ここは夫の家で、私はただの居候でしかない。

「夫は物が多いのが好きじゃないみたいで、気に入ったものしか置きたがらないのよ。まぁ私も趣味が多いわけじゃないし、クローゼット一つで足りるのよ。じゃあ始めるわよ!」

 真梨子は持ってきた荷物の中から大きめの紙袋を数枚取り出す。目立たないように荷物を運ぶ手段として、思い付いたのが紙袋だった。

「副島くんは、玄関の靴を箱のまま紙袋に入れてくれる?」
「わかりました」
「二葉ちゃんは私と寝室に来て。服をキャリーバッグにしまって欲しいから」
「了解です!」

 寝室に入ると、ベッドには使用した形跡が見当たらないほど、きちんと整えてあった。

 帰ってきているのかしら? それとも私が来るから整えただけ?

「真梨子さん、ここにあるものは全部キャリーバッグの中にしまっていいですか?」

 クローゼットの中を指差す二葉の声で、真梨子ははっと我に返る。

「ええ、そうね。入らなかったら旅行カバンとかも使って。コートは嵩張(かさば)るから袋にしまいましょう。カバンも同じように紙袋がいいわね。じゃあここは任せてもいいかしら?」
「大丈夫です」

 真梨子はドレッサーの中の化粧品をまとめ始める。アクセサリーも一応持っていくが、晃にもらったものは使う気になれない。どう処分するか考えないと……。

 黙々と作業をしていると、匠が寝室をノックする。

「靴は終わりました。一応全部入れたけど、後で確認してください。他にやることありますか?」
「匠さん、仕事早すぎる……。あっ、じゃあこの上のカバンをしまうのを手伝ってもらっていい?」
「もちろん」

 そう言ってから真梨子を見る。一応寝室だからと遠慮したようだ。

「どの部屋も入っていいわよ。そのために来てもらってるんだし」
「ありがとうございます」

 匠と二葉の仲睦まじい姿は、なんというか、すごく微笑ましい。そう思えるようになったのは、もちろんこの二人が私のために尽力してくれたからというのもあるけど、私自身の心が穏やかになっているからだと思うの。

 人の幸せを妬むのではなく喜べる……今の私が穏やかに生活出来ている証拠だわ。
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