貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 まとめた荷物を匠が車に運ぶ間、真梨子と二葉はゴミを捨てたり、軽く部屋の掃除をしていた。

 リビングに戻ると、真梨子は閉められたままだったカーテンを開ける。高層マンションのため、外に洗濯物は干さなかった。そのため、なかなかこの窓を開ける気にならなかったのだ。

 ベランダに出ると、街を一望出来る景色に二葉は感嘆の声をあげる。

「すごい景色ですね」
「うん、本当にそうね……忘れてたわ」

 もうこの窓からこの景色を眺めることはない。これが見納め。この部屋にいた私ともさよなら。もう残していくものもない。

「それにしても、思ったより早く終わりましたね」
「荷物が少なかったから……私って趣味が少ないから物が増えないのよ」
「でもラーメン関係の本は多かったですけど。古いものは捨てたりしないんですか?」
「……二葉ちゃん、ラーメン店ってね、開店した分だけ閉店していると言われる、競争の激しい世界なの。古い本に載っていたお店はほとんどないかもしれないけど、私はその思い出も大切にしたいのよ」
「……真梨子さんって、ラーメンに関してはかなり熱いんですね。お兄さんは知ってるんですか?」
「知ってるし、私より新しいお店に詳しかったりして、ちょっと悔しいのよね」

 すると二葉がクスクス笑い出す。

「お兄さんは真梨子さんの喜ぶ顔が見たいんですよ。だからいろいろ調べているんじゃないかな」
「……そうかしら?」
「きっとそうですよ。それに目に見えるものだけが趣味ではないですからね。物がなくても、好きなものはみんな趣味って言っていいと思いますよ」

 二葉がにこりと微笑む。この子が言うと、なんだかそんな気がしてくる。本当に不思議ね。

「じゃあそろそろ行きましょうか」

 真梨子が声を掛けると、二葉は頷いて荷物をまとめ始めた。

* * * *

 一階の駐車場では、譲と匠が会話をしながら待っていた。真梨子と二葉に気付くと、二人は笑顔で迎えてくれた。

「忘れ物はないかな?」
「えぇ、大丈夫よ。二人も今日は手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ、お役に立てたのなら何よりです!」
「何かお礼がしたいんだけど……」
「俺もそう言ったんだけど、これから二人は近くのお寺に行くらしいんだ」
「……お寺?」
「そうなんです。実は近くに江戸三十三観音の札所があるんで、時間があれば行こうって話してて」
「二人は寺社仏閣マニアだからね」
「そうなの……じゃあまた近いうちに何かさせてね」
「是非。じゃあ俺たちはここで」

 そう言うと、二人は手を振りながら再びエントランスに向かった。
< 114 / 144 >

この作品をシェア

pagetop