貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 しかし譲は目を見開き、笑顔になる。

「おかしいなぁ、ここ数日彼女とよく話しましたが、昔と変わらない姿に安心していたんですよ。むしろあの頃より素敵な女性になったと思っていたところです」
「はっ……何を言ってるんだ……」

 肩を震わせる真梨子を守るように、譲は彼女の前に立つ。

「相変わらず一筋縄じゃいかない真梨子が可愛くて仕方ないし、あぁもちろん友達としてですよ。でもちゃん相手のことを考えてくれる優しい真梨子も健在でした。料理も上手だしね。彼女は素晴らしい女性だ。きっとこれまでだってあなたのために心を尽くしたはずです。だけど彼女がどんなに尽くしても、願いが叶わず壊れても、あなたは気付きもせずに更に追い込んだ。あなたは真梨子に何をしてあげたんですか? 彼女に愛を伝えましたか? 結婚したから終わりじゃないんだ。結婚したら今度は新しい夫婦という関係が始まって、家族が増えて新しい愛の形が始まる。向けるべき愛が増えなければならないはずなのに、あなたは自分にしか愛を向けていない。だから真梨子の変化にも気付けなかったんだ。真梨子が変わったんじゃない。新しい家族の形になろうとした真梨子を、あなたは変わりたくないと拒んだ。違いますか?」

 もうここまで言われてしまうと、晃も返す言葉が見つからなかった。

 晃は下を向き、がっくりと肩を落とす。

「真梨子は素晴らしい女性ですよ。あなたは彼女をもっと大切にするべきでした」

 譲はそう言い残すと、真梨子を車の助手席に乗せドアを閉めた。それから晃の方へ向き直ると、今までにないほどの険しい表情で彼を睨みつけた。

「正直私は怒ってます。大学時代に彼女を諦めたけど、どこかで幸せに暮らしているのならそれで良かった。しかし再会した彼女は苦しんで壊れていた。だから彼女をそうしたあなたが許せない……。それと共に、真梨子の十年を独占したあなたに狂いそうなほどの嫉妬すら感じる」
「……君はまだ真梨子を……?」
「ええ、愛してます。でも離婚したばかりだし、真面目な彼女はすぐに恋愛をしようとは思わないでしょう。でも……俺はあなたとは違って、彼女の幸せが俺の幸せなんだ。こんなことを離婚したばかりの元夫に言うのはおかしいかもしれないが、絶対に真梨子を幸せにしますよ。だから安心して、ご自身のために時間を使ってください」

 譲は満面の笑みを浮かべる。

「車をどかしてもらえますか? そろそろ出発したいので」

 晃は暗い表情のまま自分の車に乗り込むと、契約している場所まで車を走らせた。
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