貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 真梨子が車の助手席に乗り込むと、譲はエンジンをかけ家まで車を走らせた。だが真梨子はずっと外を見たまま、譲に背中を向けている。

「……あれ、よく録音してたわね。びっくりした」

 しばらく黙ったまま窓の外を眺めていた真梨子が、ようやく口を開いた。

「なんか咄嗟にね、記録に残しておかなきゃと思い立ったんだ。役に立って良かったよ」

 しかし真梨子は返事をせず、ずっと窓の外を見ている。

 車を駐車場に停め、降りようとした真梨子の手を譲が引き止める。真梨子の顔を両手で挟んで自分の方へ向けると、案の定涙がポロポロとこぼれ落ちていた。

 ずっと声を押し殺してたんだな……譲はそう思うと、真梨子がいじらしくなり抱きしめずにはいられなくなる。彼女の体をグッと引き寄せた途端、真梨子は声を上げて泣き出した。

「私……ずっと騙されていたのよね……なのに信じきって……本当に馬鹿としか言いようがない……」
「そんなことない。結婚しているんだから、相手を信じるのは当然のことだよ」
「……一度だけ聞いたことがあるの……女がいるんじゃないかって……でも否定したし、この人に限って……って訳もわからず信じたのに……もっと疑えば良かった……どうしてしなかったのかしら……」
「きっと信じないといけないって思い込んでいたんだよ。疑えば、またケンカになるとか思ったんじゃない?」

 確かにそうかもしれない。仕事が忙しいと言っていたし、それにわざと考えないようにしていたところはある。

「真梨子は何も悪くない」

 譲に言われると、なんとなく安心出来た。

「私ね、離婚して譲とこういう関係になって、どこか後ろめたさを感じていたの……でもそんな必要はないってわかった」

 あの男はずっと私を裏切っていた。だから私は遠慮する必要はないのだと知り、少し気が楽になったの。

「俺もあいつに対してはらわたが煮えくりかえるくらいの苛立ってる。でも真梨子、どこかでホッとしてる俺もいるんだ。もし裁判とかになったら、いつまで経っても真梨子を俺のものに出来なかった。そう思うと、今で良かったとさえ思う。こんな考えでごめん……」

 真梨子はハッとした。晃にされたことは悔しい。でも今は譲に愛されていると思えることが幸せなの。そう考えたら、あんな男見限って正解だったと確信できる。

「ううん……構わないわ……。そうよ、いつまでもズルズルしても仕方ないし……それに私にはあなたとの愛の方が心地良いの」

 譲が真梨子の頬を指でなぞってから、唇を重ねる。それから二人は笑い合うと、車から降りてエレベーターに向かった。
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