貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
聖夜の二人
 結婚して数年は晃とクリスマスを過ごしていた。しかしいつの間にかクリスマスは一人で過ごすことになった。街を彩る飾りや、夜になると鮮やかに輝くイルミネーションを見ながら、どこか虚しい気持ちでいたのを覚えている。

 どうせ一人。早く家に帰ってテレビでも見よう……そんなふうにして、普段と変わりのない夜を過ごした。

 きっと譲も仕事が忙しいはず。付き合っているからと言ってどうにかなるものではない。

 まぁ十年も一人だったし、今更二人でとは思わないけど……ただ二人で過ごす二度目のクリスマス。あの日のような甘さを、少しだけ期待したくなるのも事実だった。

 そんな時だった。

「クリスマスなんだけど……」
「うん……」
「毎年この日は忙しくて、帰るのも遅くなりそうなんだ」
「そう……」
「だからさ、真梨子さえ良ければ、会社の社長室でクリスマスを過ごさないか?」

 寝る間際の会話。てっきり断られると思っていた真梨子は、しばらく時が止まったように静止する。

「さすがに温かいフルコースは無理だけど」
「……私が行ってもいいの?」
「当たり前じゃないか。そもそも俺が誘ってるんだけど。どう?」
「……行きたい……」
「じゃあ決まり。仕事帰りに本社の方に来て」
「わかったわ……」

 譲は真梨子を抱きしめながら眠りについた。その寝顔が愛おしくて、真梨子は譲の胸に顔を埋めて目を閉じた。

* * * *

 以前泊まっていたホテルのすぐそばに本社のビルはあった。真梨子はビルを見上げ、規模の大きさに言葉を失う。

 私、本当にとんでもない人と付き合ってるのね……。

 やや緊張しながら自動ドアを抜ける。もう終業時間を過ぎているからか、人影はまばらだった。

 広いエントランスの奥の方で、譲が手を振るのが見え、真梨子はホッとして彼のそばへ駆け寄る。

「もしかして待っててくれたの?」
「さっきメッセージをもらったから、そろそろかと思って降りてきたんだ。さぁ行こうか」

 譲に手を引かれ、廊下の奥のエレベーターに乗り込む。最上階のボタンを押し、ドアが閉まると同時に譲は真梨子を抱きしめキスをした。

「うん、いいね。エレベーターでキスっていうシチュエーション、ちょっと憧れていたんだ」

 譲がにっこり微笑むと、真梨子は恥ずかしそうに譲を睨む。それが可愛くて、譲は更にキスをした。

 最上階にエレベーターが到着すると、譲は真梨子の手を引いて降りる。そしてそのまま彼女を誘導しながら歩き出した。

 ここは重役のオフィスが並ぶフロアのようで、廊下に並ぶ重厚な扉にはそれぞれの役職名が記載されていた。

 その一番奥の扉には"社長室"と書かれたプレートが見え、譲がその扉を開けると、真梨子を中へと招き入れた。
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