貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 博之は二人をニヤニヤしながら見ていた。

「でもその心配はもうなさそうだな」
「まぁね。要は真梨子にしか勃たないってこと」
「それはご馳走様。早く結婚しちゃえばいいのに。いつするわけ?」
「あぁ、私がまだ再婚は出来ない時期なので……」
「えっ? 出来ない時期なんてあるの?」

 博之が目を見開いて真梨子を見たので、思わず口を閉ざした。この話題は、真梨子が恐れていた展開になりかねない。

 不安になり譲を見ると、彼は特に気にしていないようで、
「俺達、バツイチ同士だからさ」
とあっさり口にした。

 すると博之は顔を真っ青にして譲を見る。

「お前……まさか真梨子さんと再会して、我慢出来ずに不倫して略奪したとかないよな⁈」
「……ないよ。同じことを最近言われたばかりだから、なんか腹立つな」
「なんだ、それなら良かった。譲がめちゃくちゃ幸せオーラ出しまくってるからさ、早く結婚出来るといいな」
「まぁな」
「真梨子さんも。こいつ、やると言ったら必ずやる男だからさ。安心して甘えちゃっていいよ」

 二人の会話を聞いていた真梨子は、その会話の流れにどこか安堵した。

* * * *

 お手洗いに行くため席を立った真梨子は、部屋に戻る途中で、壁際に一人の女性が立っていることに気が付いた。

 確か誰かの妹だった……。ふと呉服屋の方の後ろに立っていた人だと思い出す。

 真梨子は一礼してその場を通り抜けようとしたが、相手は真梨子を待ち伏せしていたようで腕を掴まれてしまう。

「あの……何か?」

 二十代半ばくらいだろうか。胸まである黒髪が美しい女性だった。

「あなた、譲さんと結婚するつもりなの?」
「それは……まだこれから……」

 彼女の目つきの鋭さが、真梨子を怯ませる。

 何かしら……明らかに敵意を感じる。これはきっとあの感情。この子は譲が好きなんだ。

「バツイチの女なんて、副島の人達がどう思うかしら。認めてもらえるとは思わないけど」

 その言葉は真梨子の心の深い部分に突き刺さった。ずっと真梨子が気にして、心配していたことだった。

 そんなことはわかってる。誰よりも自分がわかってる。

 ただ自分で思っている以上に、人に言われるとダメージが大きい。真梨子は反論出来ずに、口籠もってしまう。

 その時襖が開いて譲が現れた。二人を見つけ、不穏な空気に眉をひそめる。

「真梨子、何かあった?」

 譲が真梨子を心配したことが気に入らなかったのか、女性は唇を噛み締めると、部屋に入ってしまった。

 残された真梨子は、傍に寄り添うように立った譲の胸にもたれかかる。

「何か言われたんだろ? あいつ昔からストレートに言うから」

 黙り込んだ真梨子を抱きしめキスをする。

「隠さなくていいから。言ってみろ」
「……バツイチは副島の家では認められないって……」
「そんなこと言ったら、社長の俺がバツイチなんておかしな話になるだろ。気にしなくていいから。真梨子はどんと構えていればいいんだよ。わかった?」

 再びキスをされ、真梨子はただ頷いた。

 譲が安心させようとしてくれているのはわかる。でも今回ばかりは、あの女性の言葉が引っかかったままだった。
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