貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
膨らむ不安
 気にしなくていいと譲は言った。それでも不安が晴れることはなかった。

 真梨子は一人残された部屋の中で、押し寄せる不安と戦ったいた。というのも急遽譲の出張が決まり、明日の夜まで真梨子は一人になってしまうからだ。

 (あらかじ)め、出張の準備をしている譲は、キャリーバッグを持つと玄関に向かう。見送りに来た真梨子を抱きしめると、いつもより長めのキスをする。

「明日は帰る前に連絡するよ。なるべく早く帰るようにするから」
「……わかったわ」

 譲を見送った後に部屋を見渡し、ソファに身を沈める。この部屋ってこんなに広かった? こんなに静かだった? 

 一人で過ごすことには慣れているはずだった。だけど譲と暮らし始めて三ヶ月、二人でいる楽しさや温かさを知ってしまった。

 譲が私を甘やかすからよ……彼が恋しくて仕方ないの。

 今日は早く寝ようと思ってベッドに入ると、今度はシーツに残る譲の香りに包まれ、真梨子はより寂しくなった。

* * * *

 翌日、仕事を終えてからスマホを見ると、譲からのメッセージが届いていた。

『これから帰ります。遅くなるかもしれないから先に寝てて』

 真梨子は思わずため息をつく。今日はもう会えないのね。目が覚めるまでは一人。

 仕方なく家に帰ろうとした時だった。突然着信音が響き渡る。スマホの画面を見ると"二葉ちゃん"の文字が見え、真梨子は慌てて電話を取る。

「もしもし」
『あっ、真梨子さん? 突然すみません!』
「ううん、どうしたの?」
『今日、良かったら一緒に夕飯とかどうですか? 久しぶりに女子トークで盛り上がりましょう!』

 何、このタイミングの良い誘いは。そこで真梨子は答えに思い当たり納得する。

「譲に言われたの? それとも副島くん?」
『……さすが真梨子さん。鋭い。お兄さんから連絡が来たんです。でも真梨子さんとなかなかお話が出来なかったら、女子トークしたいっていうのは本気ですよ』
「……でも二葉ちゃんを借りたら、副島くんに悪いし」
『そんな! 毎日一緒だし、匠さんも了解済みなので大丈夫です。良かったらあのバーに久しぶりに行きませんか?』
「そうね……じゃあ行こうしら」
『良かった! ではお店で待ち合わせで』

 電話を切った後に、泣きたいくらい胸が温かくなる。譲は私のことはお見通しなのね。

 離婚前は一人にも慣れていたのに……今は譲に会いたくてたまらない。
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