貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 真梨子と二葉は驚いてバーテンダーを見つめた。彼は片手を上げて謝るポーズをする。

「失礼しました。社長の話になるとつい笑ってしまって……」
「譲……さんのことを何かご存知なんですか?」

 真梨子の質問に、バーテンダーは笑顔を見せる。

「と言いますか、社長があなたをここに連れてきた日に、カクテルを用意したのは私ですからね」
「……もしかして、カシスソーダとスクリュードライバーですか?」

 バーテンダーは頷く。

「今でもよく覚えてますよ。彼がこの店に女性を連れてきたのは、後にも先にもあなただけですからね」

 そこで真梨子ははっとする。

「じゃあ……私が来ていることを彼はずっと知ってたんですか?」
「いえ、それは伝えていません。お二人が別れた事情を聞いてましたからね。それに……あなたはここに休息を求めに来ているように見えたので……」

 何も話していないのに、そこまで見抜かれていたことに驚いた。

「いらっしゃる時間帯も違うんですよ。あなたは開店してすぐ、社長は日付が変わる前くらいに来店しますからね。鉢合わせないかヒヤヒヤしてましたが……」
「そうだったんですね……」

 するとバーテンダーは再び笑いを堪える。

「あぁ、すみません。いやね、あなたがこの店に来ていることに気付いた瞬間の社長の取り乱しようと言ったら……何回思い出しても笑いが止まりません。『彼女はいつからこの店に来てるんだ』って言われて、『社長と別れてからずっとです』ってお伝えしたら……あはは!」

 そんなにも面白い状況だったのかと、真梨子と二葉は顔を見合わせる。

「なので、お二人がようやく巡り会えたことを喜んでいるんですよ」
「……ありがとうございます」

 最近こうして譲の話を聞くことが多かった。そのたびにあの頃の自分勝手な言動を後悔していた。

 まだお互い子どもだったのね。もっとちゃんと言葉にすれば良かった……。

「ねぇ、二葉ちゃん。『一番好きな人とは結ばれない』っていう言葉を知ってる?」

 二葉はキョトンとした顔で真梨子を見つめてから、首を横に振った。

「そうよね……私ね、譲とセフレだった時にこの言葉を聞いて怖気付いたの。セフレの分際で、何を高望みしてるんだろうって。だから譲をすごく好きだったけど諦めたのよ」

 真梨子の言葉に、二葉は顔をしかめる。

「……私はやっぱり一番好きな人と幸せになりたいって思います。もし私が真梨子さんの友達だったら、当たって砕けてしまえ! ってお尻を叩いてますね」

 それを聞いて、真梨子は吹き出した。

「あはは。二葉ちゃんらしいわね」
「まぁそういう私も、一度匠さんを手放してますからね……いつまでも心から消えなくて、でもそんな時に再会して……本当に神様仏様に感謝しましたもん」
「あぁ、二人とも寺社仏閣が好きだったのよね」
「……真梨子さん、今は幸せですか?」
「うん……幸せ……なんだけど、少し不安もあるの。私、ちゃんと譲のご両親に受け入れてもらえるのかなとか……いろいろね……」
「大丈夫ですよ。結構フレンドリーなご両親でしたよ。それにいざとなれば、真梨子さんを愛してやまないお兄さんが助けてくれますって! ですよね?」

 二葉は同意を求めるようにバーテンダーに話しかける。すると彼も笑顔で頷いた。

「そうかしら……」

 真梨子は未だに拭いきれない不安を感じ、カクテルを一気に口に流し込んだ。

 
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