貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 空港に着いた譲は匠からの着信に気付き、慌てて折り返した。今日は二葉に真梨子を誘ってもらったため、彼女に何かあったのではと思ったのだ。

「どうした? 何かあったのか?」
『あっ、兄さん? 二葉を迎えに来たんだけど、先生が酔い潰れちゃってさ、バーのカウンターで寝ちゃったんだよね。兄さん、迎えに来られる?』

 なんだ、寝ただけか。譲はホッと胸を撫で下ろす。

「あぁ、わかった。ちょうど空港に着いたから、今から向かうよ」
『うん、よろしく……って……二葉⁈』
『あっ、お兄さん、二葉です』
「あぁ、どうかしたのかい?」
『お兄さんがいろいろ手配済みなのはわかりますが、真梨子さん、考え過ぎてるみたいなので、ちゃんと話を聞いてあげてください』
「そうか……わかった、ありがとう」

 電話を切った後に、譲は肩を落とした。真梨子のためにと裏でコソコソやってきたが、逆に彼女を不安にさせていたということか……。

 譲は気を取り直し、タクシーでホテルに向かった。

* * * *

 真梨子は額に乗せられた冷たいタオルの感触で目を覚ます。家のソファとは違う感覚にはっとして、慌てて体を起こした。

 辺りを見回すと、そこは譲が仕事が遅くなった日に泊まると言っていたホテルの部屋だった。この部屋も、離婚した日以降は来ていなかった。

「大丈夫か? 珍しく飲み過ぎたみたいだね」

 真梨子の足元に腰を下ろした譲は、足を組んだまま、表情は変えずに真梨子を見つめていた。

「あれっ……どうして譲がいるの……? 二葉ちゃんは? しかもこの部屋……」
「匠と二葉ちゃんから連絡をもらったんだよ。君が酔い潰れて寝てしまったって。何かあった?」

 何か? 何かどころじゃない。もうずっと不安に苛まれている。

 譲が帰ってきた喜びと、彼を見ると思い出す不安の両方に襲われた上、酔いによる思考回路の低下で、真梨子の頭はぐちゃぐちゃだった。

 意味もわからず涙が零れ落ち、ソファに顔を埋めると、嗚咽を堪えて泣き始めた。

「もう……なんかよくわからないの……。いろいろ考え過ぎてるのはわかってる……でもあなたが未来の話とかするから……私の中でも現実味を帯びてきて……だから怖くなるのよ……」

 譲は真梨子の体をふわっと抱き上げると、自身の膝の上に座らせる。譲の香りに包まれると体の力が抜けていく。真梨子は目を伏せて彼の胸にもたれかかった。

「何も怖いことはないよ。何があっても俺が真梨子を守るから」
「私……今まで一人で我慢出来たのよ……でも……ん……」

 譲の腕にきつく抱きしめられ、唇を塞がれる。自然と真梨子の手は譲の首に回され、彼のキスを求めていた。

 唇が離れても、真梨子は譲のそばを離れようとはしない。

「この気持ち……どうしたらいいのかわからないの……。どうしようもないくらいあなたが好き。愛してる。離れたくないし、そばにいたい。あなたがいないと寂しくてしょうがないの……。こんなの私じゃないみたい……だからすごく不安になる……」

 泣きながら押し出された言葉を聞いて、譲は目を見張る。それからすぐに顔を真っ赤にし、片手で顔を覆った。

「あのさ、真梨子。それって今すぐ結婚してもいいくらい、俺を愛してるってこと?」
「そうよ、バカ! もう譲なんて嫌いよ……」

 言いながら真梨子の涙は止まらない。すると譲は時計を確認した後、真梨子にキスをしてから、彼女の体をソファに下ろす。

「わかった。ちょっと待ってろ」

 スマホを手にすると、譲は浴室に篭ってしまう。残された真梨子はただ呆然とした。

 ……私今とんでもないことを口走らなかった? 今になって恥ずかしさが襲いかかり、再びソファに突っ伏した。

 その時、浴室のドアが開いて譲が出てくる。

「真梨子、明日出かけるぞ」
「えっ……いきなり⁈」
「返事は?」
「場所もわからないのに、簡単に返事は出来ないわ」

 真梨子は顔を背けたが、譲の指が彼女の顎を引き寄せると、濃厚なキスを繰り返す。

「イエスというまでやめないからな」

 息もできないくらいの激しいキスに、真梨子は降参するしかなかった。
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