貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
家族の在り方
 朝になると二人はマンションに戻り、身支度を始めた。

 というのも、昨夜お酒が入っていた真梨子は、キスの後にあっという間に眠りの世界に誘われた。そのため譲は帰るのを断念し、一晩泊まることにしたのだ。

「ねぇ、これからどこに行くのか教えてくれないと、服が選べないんだけど……」

 シャワーを浴びた真梨子が書斎に行くと、譲はしっかりとスーツを着込んでいる。それを見て真梨子は急に不安になった。

 譲はにっこり微笑むと、真梨子を抱きしめ額にキスをする。

「大丈夫。真梨子はいつも通りでいいから」
「……あなたはスーツなのに?」
「まぁ俺のことは気にしなくていいからさ」

 その時に譲の着信音が響き、真梨子の頭をそっと撫でるとそのまま家から出て行ってしまった。

 どうして何も話してくれないのかしら……。一人残された真梨子は、深いため息をついた。

* * * *

 車が走り出してしばらく経つと、真梨子の心拍数が上がり始める。

 いや、そうとは限らない。でも、もしかしたらという期待も湧き起こる。真梨子は意を決して譲に尋ねた。

「譲……あの……もしかしてなんだけど、これから行こうとしてる場所って……」

 譲はにっこり微笑むと頷いた。

「そうだよ。真梨子の実家に向かってる」
「……!」

 思いがけない言葉に、真梨子は喜びと戸惑いを感じていた。あんな別れ方をしてから十年。電話で話したとはいえ、どんな顔をして会えばいいのだろう。

 それよりも、今日行くことを両親は知っているのだろうか。

 真梨子の表情を見て察知したのか、譲は言葉を続けた。

「昨日電話をして、少しだけ時間を作ってもらえないか頼んだんだ。そうしたら昼営業と夜営業の間ならと言ってもらえてね」

 スマホを持って浴室に消えたあの時、両親に電話をかけたのだと知り驚く。ただ同時に疑問も生まれた。

「どうして私の両親のことを知ってるの? あなたに話してないわよね」
「うーん……実は真梨子に内緒で調べたんだよね。離婚した時に『両親に会いたい』って言ってただろ? なのになかなか行動に移さないし」
「で、私に黙って両親と連絡を取り合ってたわけ? よくうちの両親が話を聞いたわね」
「それがさ、真梨子の実家の料亭、たまたま親の所有する別荘の近くでさ。よく行ってたみたいなんだ。親同士はお互いをよく知っているし、だから話もスムーズだったよ」

 それから譲は不敵な笑みを浮かべる。

「『真梨子さんとは昔交際していて、このたび付き合う運びとなりました。半年後には結婚も視野に入れています。その際にはご挨拶に伺わせていただきます』」

 真梨子の顔が青ざめる。

「……そんなこと言ったの? どんな反応だった?」
「初めは驚いていたけど、『真梨子を傷つけることはしないで欲しい』って。真梨子はご両親に愛されてるなって感じたよ。だから『もちろんです』って伝えた」

 勝手なことをしてって怒るべきなのかもしれない。でも両親の優しさを感じ、真梨子の目からは自然と涙が溢れた。
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