貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 窓から見える景色が懐かしくて、真梨子の胸は高鳴った。

 高速道路を降りてから自宅へ向かう道のりは、小さい頃から変わらない。最寄りの駅を抜け、神社の前を通る。そして細い道へと入っていくと、真梨子の実家が営む料亭に到着した。

 十年振りなのに、あの頃と何一つ変わらない様子に目頭が熱くなる。

 駐車場に車を停めると、真梨子は緊張を隠せずゆっくりと車から降りた。実家とはいえ、自分のせいで連絡が取れなくなった事実は変えられない。どんな顔をして会えばいいのだろう。

 料亭の看板の前で立ち尽くす真梨子をよそに、譲はトランクから手土産であろう紙袋を取り出した。まるで用意してあったかのようで、真梨子は驚く。

「いつ買いに行ったの?」
「ん? あぁ、匠に電話して買ってきてもらったんだ」

 そこで出かける前に譲のスマホにかかってきた電話のことを思い出す。なるほど、そういうことだったのね。

 譲は真梨子の手を握ると、彼女にほほえみかけた。

「大丈夫だよ」

 たった一言なのに、その言葉がこんなにも大きな安心感を与えてくれるなんて……。

 譲に手を引かれて門を抜け、料亭の入り口に到達する。扉の前で深呼吸をした真梨子は、ゆっくり引き戸を開けた。

* * * *

 真梨子の目に飛び込んできたのは、最後にあった時より少し年をとった両親の姿だった。

 お互い言葉を失った。久しぶり過ぎて言葉が見つからなかったが、その場にいた全員が笑顔になったのは事実だった。

 その空気を察し、譲が口を開いた。

「今日はお時間を作っていただきありがとうございます」

 それを聞いた両親ははっと我に返る。

「いえいえ! さっ、二人とも中へお入りになって」
「ありがとうございます」

 靴を脱ぐと、譲は両親に続いて廊下を歩き始めた。ただ真梨子はどうしても言いたい言葉があり、その場から動けなくなる。

「あ、あのっ、お父さん、お母さん」

 真梨子の声を聞いて、全員が振り返る。唇噛み締め、真梨子は今にも泣きそうな顔だった。

「今までごめんなさい……ただいま」

 絞り出すように言った真梨子の声を聞き、両親は嬉しそうに微笑む。

「はい、おかえりなさい」
「まぁゆっくりしていきなさい」

 まるで子どもの頃、学校から帰った瞬間のようだった。どこか懐かしくて優しくて温かい両親の愛を感じ、真梨子はようやく家に帰れたことを喜んだ。
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