貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 譲は真梨子の頭を撫でてから、両親の方へ向き直ると真剣な表情になった。

「今日はお父様とお母様に結婚の承諾をいただきたく、ご挨拶に伺いました。真梨子さんが離婚したばかりでこんなことをお願いするのも、本当はおかしいかもしれません。ですが再会してからすぐに、真梨子さんは私の大切な人になりました。彼女を大事にしたい。幸せにしたい。お嬢さんとの結婚を認めていただけないでしょうか」

 譲が頭を下げる姿を見て、真梨子は胸が熱くなった。すると目の前の父親も頭を下げた。

「副島さん、真梨子をよろしくお願いします。私たちはただこの子が幸せであってくれればいい。それだけです」
「ありがとうございます。必ず真梨子さんを幸せにします」

 父親は戸惑いながら、口を開く。

「ところで……結婚式はどうするつもりですか?」
「もちろんやります。実は五月の頭にうちのホテルを押さえてあるんです。こちらの料亭は二ヶ月前からしか予約を受け付けないと伺っていたので、今なら間に合うかと思いまして」

 譲の言葉に彼以外の全員が口をあんぐりと開けたまま塞がらない。

「い、いつの間に……」
「まぁね。一応社長として、自社で挙げるべきかと思って、日にちだけ押さえたんだ。ドレスとかは真梨子が好きに選んでいいからさ」

 そして全員が吹き出した。

「もう……行動が早過ぎよ!」
「規模は小さいかもしれないけど、美しい真梨子をたくさんの方に見ていただかないと」

 譲が言うと、父親は鼻息を荒くして立ち上がる。

「そうなんですよ。真梨子は母親似でね、きっと花嫁姿も妻のように美しいだろうと思っていたんです。だからちゃんと結婚式をして欲しかった……君がそう思ってくれていることが嬉しい」

 父と譲が楽しそうに会話する姿を見て、真梨子は幸せな気持ちになった。大切な人と、大切な人が笑顔でいることが、こんなにも心が温かくなるものだとは知らなかった。

 その時、ゆっくりは思い出したようにカバンから封筒を取り出す。

「実はお父様にこちらをお願いしたくて」

 封筒から出てきたのは婚姻届だった。再び全員の口が開いたまま塞がらなくなる。

「前の時にはお父様に書いてもらえなかったというのを真梨子から聞いていたので、今回は是非書いてもらいたいと思っていたんです。宜しいでしょうか?」
「もちろんだよ……ありがとう。でも何というか……本当に行動が早いんだね」

 父親は笑いが止まらなくなり、母親もつられて笑い出す。

「本当は今すぐにでも出したいくらいですけどね。さすがに法律はどうにもなりませんから」
「譲ってば……いつもらってきたのよ……」
「内緒。でも善は急げだろ? 俺は期待以上の仕事をこなす男だからさ」

 譲が悪戯っぽく笑う。あぁ、本当にこの人は……。どうしてこんなに魅力的なのかしら。

 父親が証人欄に記入を終えるのを待ちながら、真梨子はこの幸せな時間が続くことを願わずにはいられなかった。
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