貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 譲の両親への挨拶を終えると、二人はそのままホテルに向かい、軽食を済ませてからドレスのフィッティング室に入っていく。

「オーダーにしてもいいんだけど」

 真剣な顔で呟く譲に、真梨子は首を横に振って答えた。

「一度しか着ないんだもの。レンタルで十分よ。それに……どうせ二回目の結婚よ」
「でも結婚式はお互い初めてだ」
「……確かにそうね」

 少し控えめだった真梨子だが、たくさんのドレスを前にすると、やはり興奮を隠せなかった。あれもこれも見ながら、どれも可愛くて迷ってしまう。

「真梨子はAラインか、マーメイドラインが似合うと思うな」

 という彼の一言もあり、真梨子はレースの装飾が美しいAラインのドレスに決めた。お色直しを一回はしたいという譲の希望で、カラードレスは濃いパープルのものを選ぶ。

 なんだかんだ言いながら、私ってばウキウキしてる……。だって本当はずっと憧れていたから……。

 ドレスの着脱に時間がかかったため、気付けば時刻は夕方になっていた。

* * * *

 レストランで夕食を済ませ、二人はバーに行く。いつもならカウンターの席なのに、今日は《《あの日》》と同じ窓際の席に誘導された。

「ここって、初めて譲と飲んだ席ね。懐かしい……」

 窓からの景色に目を細め、ふとあの日のことに思いを馳せる。

 決して良い出会い方とは思えない。それなのに、いつの間にかこんなにも譲に惹かれてしまった。

「あの日に俺が言った言葉って覚えてる?」
「言葉? いろいろあり過ぎて、どのことを言ってるのかわからないわ」
「『今まで良いと思った男がダメだったんだから、敢えてダメだと思う男に飛び込んでみる』」
「あぁ! 覚えてる。自分のことを良い男だと言い放ったやつね」
「……で、どうだった? 俺が言った通り、見落としがあったんじゃないか?」

 譲はニヤニヤしながら真梨子を見ている。わかってるくせに、わざと聞いてくるのよね。

「……そうね。認めるわ。私は男を見る目がなかったみたい。予想外に良い男だった人が気付かせてくれたわ」

 すると譲は満足気な笑顔を向けると、大きく頷いた。それからすぐに二人の元にカクテルが届く。

 二人の前にグラスを置いたのは、先日譲のことを教えてくれたバーテンダーだった。彼はにっこり微笑むと、お辞儀をして離れていく。

「今日のカクテルにも何か意味があるのかしら?」

 真梨子が聞く。

「あるよ。今日のカクテルはハネムーン。意味は『幸福はいつもあなたと』」
「それって……」
「真梨子、君をいつまでも大切にしたい。二人で新しい家庭を作りたい。だから俺と結婚しつください」

 譲がポケットに差し込んだ手を出すと、真梨子の左手の薬指に指輪をはめる。ダイヤとルビーが輝く指輪を見て、真梨子は顔を真っ赤に染めた。

「なんだかあっという間に結婚みたいな流れになっちゃったけど、きちんとプロポーズしていなかったと思ってさ」

 真梨子は指輪を握りしめ、大粒の涙を零す。

「……この半年で……状況が変わり過ぎだわ……」
「真梨子にとってはそうかもしれない。でも俺にとっては、ここまで来るのに十二年もかかったんだ」

 譲は真梨子の髪を撫でてから、そっと彼女の体を抱きしめる。

「もう会えないと思っていた……真梨子への想いを断ち切れないまま、きっと死ぬまで真梨子の想像を繰り返す……そう覚悟していたよ。でも君は俺の前に再び現れて、そして今度こそ俺の腕に戻って来てくれた。もう絶対に離したりしない。君を死ぬまで愛すると誓うよ」
「……それは私も同じよ。もうあなたには会えないと思っていたんだもの……。私ね、今ならはっきり言える。私は一番好きな人を手放しちゃいけなかったって。私はやっぱり、一番好きな人と幸せになりたかったの」

 譲は真梨子の左手をとり、そっと指輪に口づける。

「返事を聞いてもいいかな?」

 なんて幸せなんだろう。私は今、心からこの人との未来を望んでいる。なんとなく一緒になるんじゃなくて、譲とだから一緒にいたいと思えるの。

「もちろんイエスに決まってるでしょ」

 真梨子は譲の首に抱きつくと、彼の耳元でぽつりと呟く。

「十二年も待っててくれてありがとう……」
「……待ってないよ。俺には真梨子しかいなかったっていうだけのことなんだ」

 譲にキスをされ、真梨子はそっと目を伏せた。
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