貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 彼は私を抱く間、一度もキスをしなかった。顔すら見ようとせず、目を強く閉じていた。

「ねぇ……愛してるって言って……」
「……」
「言いなさい、早く……」
「……愛してる……」

 行為と共に囁かれる『愛してる』の言葉に、真梨子の胸は熱くなった。

 真梨子がシャワーを浴びて外に出ると、匠はベッドに座って項垂れていた。

 可哀想な子、私の罪に巻き込んでしまった。それなのに私は、久しぶりのセックスに満足している。

 最低なことをしているとわかっている。でも自分でもよくわからない感情が溢れ、抑えることができない。

 真梨子はスマホを手に匠に近寄ると、背後から抱きつく。すると彼は体を震わせ、真梨子の手を振り払おうとした。

 その時だった。真梨子のスマホからシャッターを切る音がしたのだ。

 匠が気付いた時には遅かった。真梨子はスマホの画面を匠に見せる。そこには上半身裸の匠と真梨子が抱き合う姿が映されていた。

 真梨子は不敵な笑みを浮かべる。

「また会ってくれるわよね、匠」
「……嫌です」
「じゃないと、この写真がどうなるかしら」
「……どうするつもりですか……?」

 匠はそう言ったものの、彼女がどうするかなんて目に見えていた。

 匠は拳を握りしめ、唇を噛む。そしてシャツを着てカバンを手に持つとドアに向かう。

「また連絡するわ」

 真梨子の声と同時にドアが閉まった。
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