貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 
* * * *

 仕事に行くと、自分がしたことの残酷さを身に染みて感じた。一人の男性を裏切り、一人の青年を傷付けた。

 後悔の念が押し寄せるのに、家に帰って一人になると、だって仕方ないじゃないと肯定してしまう。

 自分の中に二つの人格があるようで、真梨子は不安からか、時折息が出来なくなることもあった。

 自分の苦しみを癒すための行為なんて、本当はあってはいけない。でも誰にも言えず、消すことの出来ない苦しみの中で、もがくしか方法はなかったのだ。

 匠との関係が始まって三ヶ月ほど経った頃、真梨子は匠に呼び出された。

 待ち合わせ場所である公園に着くと、匠は既にベンチに座って待っていた。

「お待たせ」
「今日は先生に話があります」

 ホテルに行くと思っていた真梨子は、匠のただならぬ空気感を察知して、彼の隣に座る。

「……先生は結婚して、ご主人だっている。そんな先生と俺がしていることは、ルールに反してる……。だから先生とはもう会いません……」

 話している間、匠は真梨子を見ようとしない。

「どうして? 私が誘っているんだから、あなたに罪はないわ」
「そういうことではなくて……俺はこういう関係を望んでいないんだ……」

 この子は何を言っているのかしら……。だって私を好きだと言ったじゃない。愛してると言ったじゃない……。

 あぁ、また裏切られた。

 そこでふと疑問に思う。また? 誰に? それがわからない。

 意志の固そうな匠の顔を見て、真梨子はため息をついて立ち上がる。

「いいわ、別れてあげる。でも覚えておきなさい。あなたは私を忘れられない」

 匠が目を見開くのを見て、気持ちがスカッとした。そして彼をのそば場に残して、公園を後にした。

 捨て台詞なんかじゃない。これは呪い。私を裏切った罰。

 私は相当おかしくなってる。きっともう理性が壊れたに違いない。
 
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