貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 二葉はカバンからハンカチを取り出すと、真梨子に差し出した。

 真梨子の苦しみ、悲しみ、辛さの全てを理解しようとする二葉の気持ちが伝わるようだった。

 もしかしたらこの子ならわかってくれるかもしれない……真梨子の中でそんな想いが芽生える。

「……匠と再会したのはその頃だった。彼は私を好きだって言ってくれたし、きっと私を満たしてくれる……ううん、この埋まらない心を満たして欲しい……そう思ったの」
「……満たされましたか?」
「……性欲はね。この間匠が言ってたでしょ、言わされたって。確かに言わせてたかもしれない。主人の代わりに、私を愛するように強要したの」

 二葉の腕の中で、真梨子の声は徐々に小さくなっていく。

「……愛が欲しかった。孤独だった。子どもがいないならせめて夫から……でもそれもなくなって……だから匠に愛を強要した……最初から愛なんかなかったのに、彼の優しさを利用したのよ」

 二葉は唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。

「……私、これから暴言を吐きますが許してください」

 彼女の言葉の意味はわからなかったが、とりあえず真梨子は頷いた。私を叱るつもり? そう思うと急に怖くなる。でも、自分のしたこと。それも仕方ないのかもしれない。

「……わかったわ」

 すると二葉は大きく深呼吸をしたかと思うと、真梨子を抱いていた手を外し、彼女の両肩を掴む。そして真っ直ぐ真梨子を見つめた。

「あなたのご主人は最低です。クズです。奥さんがこんなに苦しい思いをしているのに、奥さんの心より自分のことしか選べないような男は優しいとは言いません。自己中です。結婚式で愛を誓うんですよね? 結婚は恋愛じゃないんです。お互いの人生を背負うんです。一人で生きるんじゃなくて、家族として生きるんです。それを全くわかっていない自分勝手な人です。お互いを思いやって、愛し合って、喧嘩したって許し合って、尊重し合うのが夫婦なんじゃないんですか⁈ 同じ方向を向いて、二人で壁に立ち向かうのが夫婦なんじゃないですか⁈ どうしてあなただけがこんなに我慢しないといけないんですか⁈ 私は……同じ女として、あなたにこんな思いをさせるご主人が許せないです!」

 真梨子は突然のことに呆然とする。しかし二葉の目から溢れた涙を見て、心が温かくなるのを感じた。

 そうか……私が欲しかったのはこれなのね。私を想って、私のために涙して怒ってくれる人。真梨子は泣きながら笑い出した。

「あなた……変な子! 人の旦那をけちょんけちょんに言うなんて……」
「そ、そうですか……? だって話を聞いてたら悔しくなって……。でも……何も現実を知らない小娘の意見ですが……」
「そうね、本当よ。何も知らないくせに」
「……」
「でも少し懐かしかった……」

 大泣きをして息を切らす二葉を見ながら、真梨子はそっと目を閉じた。
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