貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
「ちょっ……どこ行くの⁈ 私はもう帰るところで……!」
下の階に移動し、すぐ目の前の部屋のドアを慣れた手つきで押し開けると、真梨子の腕を引いて中に入る。
この部屋は……! 真梨子の中に様々な感情が湧き上がる。
譲は後ろ手にドアを閉めると、そのまま寄りかかり真梨子を見つめた。
「覚えてるかい? この部屋で始まって、そして君は俺に別れを告げていなくなってしまった」
そんなこと、言われなくてもわかってる。それにこの部屋……壁の前でキスをして、浴室とベッドは交わった記憶ばかり。
真梨子は無言のまま立ち尽くしていたが、譲が彼女の手を引いてソファに座らせる。
「とりあえずその顔が落ち着くまで休んでいけよ。安心しろ。今は何もしないから。旧友として心配くらいさせてくれよ」
「……わかったわ。顔が落ち着くまでね……」
観念したように真梨子は肩をすくめ、ソファの背もたれに体を預けた。昔と変わらない譲の様子にようやく力が抜け、そっと目を伏せた。
その間に譲はフロントに電話をし、氷を持ってくるよう伝える。それから洗面所で濡らしたタオルを持って、真梨子の隣に座った。
真梨子の目の上にタオルを乗せた後、譲の手は真梨子の頭を優しく撫でる。余計なことは何も口にせず、真梨子の出方を待っているようだった。
ふんわりと譲から流れてくる香りに、真梨子は胸がいっぱいになった。しかし実物の彼が隣にいると思うと、緊張して体が強張ってしまうのも事実だった。