貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 ドアチャイムが鳴ると、譲はドアの方へ歩いていく。なにやら話し声がしたが、内容まではわからなかった。

 洗面所から氷と水の音がする。しばらくして戻ってきた譲は、真梨子の目元からタオルを取ると、先ほど作ったらしい簡易の氷嚢をタオルの内側に差し込んだ。

 そして再び真梨子の目の上に置いた。

 譲の香りがするたびに、真梨子の胸は熱くなる。十二年もの歳月を経ても、香りと記憶は密接に繋がっているようだった。

「一つだけ教えてくれないか?」
「……何?」
「弟と知り合いなのか? 数日前、弟がラウンジで女性二人と揉めていたと報告があってね。気になって防犯カメラを調べたら、そのうちの一人が君で驚いた」
「弟……?」

 そうして真梨子の中で、点と点が線で繋がっていく。

 そういえば実家はホテルを経営していて、いずれは兄が継ぐと言っていた。そして譲にそっくりな匠……。

「あぁ……そういうことだったのね……」

 真梨子は自分の愚かさに呆れ果てる。私はとんでもないことをしでかしたんだ。でも今更隠したところで、どうせバレる。それならもうここでカミングアウトしてしまえばいい。

 譲は私を軽蔑するだろうか。たとえそうだとしても、今ならもう失くすものもないし怖くない。
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