貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 顎を掴まれキスをされそうになるが、間一髪のところで、お互いの唇の間に手を差し入れて回避する。

「……結婚してるのよ、私。不倫はしない」
「でも匠とは寝たんだろ? それだって不倫じゃないか」
「それは……!」
「匠は良くて、俺がダメな理由は?」
「……そうよ。あなたの言う通り、私は本気になるのが怖かった……。あなたを好きになって振られるのが怖くて別れたの! でも夫に拒絶され、あなたを忘れることも出来なくて、だからあなたに似ている匠に関係を強要したの!」

 あぁ、とうとう言ってしまった。真梨子はがっくりと項垂れる。

 ずっとずっと胸にしまってきた言葉。あと一言を口にすれば、私は完全に晃を裏切ることになる。だからこそ絶対に言ってはいけない。

 気まずくて、真梨子は顔を上げられなかった。

 譲の手が離れたと思った瞬間、真梨子の体はソファに押し倒される。頭の上で両手を掴まれ、身動きが取れない。

「何するの⁈」

 譲は真梨子の耳元に唇を寄せる。

「大丈夫。キスはしない。真梨子の中には挿れない。ただ……」

 スカート越しに太腿の上を、彼の指が焦らすように動き始める。

「久しぶりに真梨子の溶ける顔が見たくなっただけ」

 スカートとショーツの壁を越え、譲の指がゆっくりと真梨子の中へと侵入する。あまりに久しぶりの感覚に、真梨子はどうしていいのかわからずに困惑した。しかし譲の指が動くたびに、熱い吐息が漏れていく。

「相変わらずキレイだな……」

 それと同時に、真梨子の体は震え、果てた。譲が手を離しても身動きが取れないほど、真梨子は大きく胸を上下させている。

「……信じられない……!」

 思わず口にしたが、それが譲を非難するものなのか、女としての感覚を久しぶりに味わった驚きなのか、真梨子自身もわからなかった。

「あはは! そんなの昔からだろ?」
「でも……ダメよ……こういうのって……」
「良くないって言いたいんだろ? それならさ、友達にマッサージをしてもらったって思えばいい」
「……マッサージ?」
「そう。凝り固まった真梨子の筋肉を、俺が友達として丁寧に解してあげただけ」

 その言葉を聞いて、真梨子は大きな声で笑い出す。それと共に涙が頬を伝った。

 譲は昔からこうよね……ふざけているように聞こえるけど、私が感じる罪悪感を軽くしようとしてくれるの。

「本当にあなたって……変わってないんだから……」
「俺からすれば、真梨子だって変わってないよ。どう? 気持ち良かった?」

 再び吹き出した真梨子を見ながら、譲は満足そうな笑みを浮かべた。

「……でも……そうね……この感覚って久しぶり……忘れてた」

 譲は真梨子の髪をそっと撫でる。それが心地良くて、真梨子はそっと目を伏せた。
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