貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜

　朝食を終え、晃は新聞を読み始める。真梨子は食器を洗いながら深呼吸をした。

「晃」
「うん？」

　水を止め、真梨子は晃をじっと見つめた。しかし彼は新聞に目を向けたままこちらを見ようとしない。

「大事な話があるの」

　真梨子が言うと、晃は眉間に皺を寄せ、大きなため息をついた。

「またその話か……。休みの日くらい、ゆっくりさせてくれよ」
「休みって言うけど、私だって仕事をしているの。大変さはそれぞれかもしれないけど、自分だけが大変っていう言い方はやめてくれる？」

　真梨子が反論したことが癪に触ったのか、晃は新聞を畳むと、テーブルの上に叩きつけた。

「で、何の話だ？」

　晃の苛立ちが表情から伝わってくる。それだけで怯みそうになった。でもここで引くわけにはいかない。

「……子どものことよ。私はまだ諦められない」
「だから……！　そのことは前にも話しただろう⁈　俺たち二人で生きていこうって！　真梨子だって納得したじゃないか！　なんで今頃になってまた持ち出すんだ⁈」
「……言ったでしょ。諦められないって。前も納得したわけじゃない。あなたに丸め込まれたの。納得させられただけ。どうして私の気持ちに寄り添ってくれないの？」
「それは君もだろう⁈　俺は毎日クタクタなんだ！　もう少し思いやりの気持ちを持ってくれよ」
「クタクタなのは私だって同じよ！　それでも家事を全部一人でこなしてるわ！　あなたは何も手伝わないじゃない！」
「家にいるのは君の方が長いんだから、やるのは当然だろう⁈」
「じゃあ私には休みなく働けって言ってるのね！」
「家事は仕事じゃないだろ。生活する上で必要なものだ」
「でもあなたは何も手伝わない……」

　晃はため息をついて立ち上がると、書斎に入っていく。そして上着と着ると、黙って家から出て行った。

　またこうなるのね……。晃が怒って家を飛び出すのはいつものこと。平行線のまま話は終わり。きっと今日一日あの人は帰ってこない。

　真梨子は頭を横に振る。ダメよ。今回は平行線で終わらせるわけにはいかない。

　私の望む未来に向けて、きちんと話し合うのよ。