貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 真梨子はテーブルに肘をつき、ふっと目を伏せる。

「あれから、夫と何度か話し合いの場を持ったの。今までも話し合いはしてきたの。私の気持ちを理解して欲しい、でも彼は『わかってる』の繰り返し。最後は不貞腐れて出て行く始末。朝まで帰ってこない日もあって、私は気が気じゃないのに、帰ってくるとまるで『反省した?』みたいな顔で見るの。だから私も面倒になって、彼を怒らせないように、お互いの意見の中間を探すような感じになってた。二人でも楽しく過ごせるよ……みたいにね」

 それが一番良い方法だと思っていた。穏やかに暮らすためには、私が我慢すれば良かったの。

「でも今回の話し合いは少し意味合いが違ったかもしれない」
「意味合い……ですか?」
「そう。今までは言いたいことを言い合って、お互いの納得のいく……まぁ都合の良い着地点を探していたのよね。でもあなたに言われて気付かされたの。だから私もある程度の決意を持って話をしたわ」
「それは……私が聞いてもいいお話ですか?」

 真梨子は不機嫌そうにため息をつく。

「女子トークじゃないの? そのために呼んだんだけど」
「す、すみません!」
「話していいの?」
「もちろんです!」

 大きな声で返事をしてから、片手を上げた二葉が可愛くて、真梨子は笑ってしまう。本当にこの子って魅力的。私にないものをたくさん持っている。

「私ね、あなたと話してからいろいろ考えたの。私が一番望むことは何なんだろうって。夫婦仲なのか、それとも子どもなのか、仕事なのか……。それを考えた時に、私はやっぱり子どもが欲しいと思ったの。自分が子どもが出来ない体なら諦めるけど、何も試していないのに諦めることは出来ない。二人で同じ方向を向けるか、同じ目的に向かって頑張れるのかを見定めようと心に決めて、夫との話し合いに臨んだわ」
「それって……」

 驚いたように目を見張る二葉に、真梨子はにっこり微笑んだ。

「あなたが言ったのよ。私が望む未来を選べって。私はね、私の願いに寄り添ってくれない人と一緒にいる理由を見出せなくなったの。この先もしかしたら一生独身になるかもしれない。でも不満を抱えたまま我慢して生きるよりは、少しでも希望を持って、自分らしく生きた方がきっと楽しいと思わない?」
「……私は真梨子さんが納得出来たのなら、それを応援するだけです。でもそのこと、ご主人にはお話されたんですか?」
「……実はまだなの。だけど私の心はたぶん変わらないわ。私がそんな風に考えてるなんて、きっと微塵も思ってないでしょうね……」

 この話をしようとすれば、晃はまた家を飛び出すに違いない。それではいつまで経っても埒があかない。
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