貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 振り返ってみれば、出会った頃はこうじゃなかった……。いつからおかしくなったんだろう。

「若い頃、よくこういうお洒落なお店とかに連れて来てくれたの。デートのたびに車に花束が置いてあったり、私の好きなお店のチョコレートを買ってきてくれたり、何かプレゼントをくれてね、そういうのが嬉しくて、ちょっとお姫様気分になって浮かれていたのかもしれない。本当に大事なのはそんなことじゃなかったのにね……」
「でも、やっぱり自分のために何かをしてくれたことって嬉しいと思います。恋人の期間ってキラキラしてて、ドキドキしますよね」
「そうね……そう考えると、あの人は"恋人"としては素晴らしかったけど、"夫"向きではなかったのかもしれないわ……」

 真梨子はカクテルを飲み干し、スッキリしたような表情になる。不思議ね、この子とのおしゃべりがこんなに楽しいなんて……年が離れた友人も新鮮でいいかもしれない。

「あなたもちゃんと彼と話しておいた方がいいわよ」
「ちゃんと……ですか?」
「そう。ただ楽しいだけで結婚するよりは、同じ価値観を持って結婚すれば、こうじゃなかったのに……なんて思わないと思うの」

 そう言った後、顔を上げた真梨子は思いがけないものを見つけて吹き出した。入口の壁にへばりつく匠と目があったのだ。匠は気まずそうに目を閉じる。

 相当心配性なのね。というか、この子がそれだけ愛されているということかしら。

 真梨子はニヤリと口の端を上げる。

「まぁ……あなたは私に言いたい放題だし、意外と大丈夫なのかしら。……ねぇ、副島くん」

 二葉が驚いて振り返ると、入口近くの壁と同化するように匠が立っているのが見えた。

 匠は気まずそうに壁から離れ、二葉のそばにやってくる。それを見て、真梨子は楽しそうに笑い出した。
< 70 / 144 >

この作品をシェア

pagetop